歴史人物語り#8 明智光秀の妻・熙子の父なのか叔父なのか、いずれにしても明智一門として光秀を支えた妻木広忠

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明智光秀家臣シリーズはまだまだ続きます!
NHK大河ドラマ麒麟がくる」の放送開始まで
まだ5か月ほどありますので、
この間にできるだけ多くの明智光秀家臣を紹介していきたいと思います。
家臣だけじゃなくて深く関係してきた人物も織り交ぜながら!

www6.nhk.or.jp

そして今回は明智家の一門、
光秀の叔父・妻木広忠(つまきひろただ)です。
お品書きはこちら!

ちなみに紹介済みの「麒麟がくる」にちなんだ武将たち
以下の一覧記事にまとめてあります。

tsukumogatari.hatenablog.com

tsukumogatari.hatenablog.com

その他今までに紹介済みの戦国武将たちはこちから確認できます。

tsukumogatari.hatenablog.com

まだ読んでいない武将の記事がありましたら是非チェックしてみてくださいね。

1.妻木広忠(つまきひろただ)とは

通称藤右衛門1514年生まれといわれています。、
麒麟がくる」の明智光秀は1528年説をとっているので一回り以上離れていますから
光秀からみると親戚のおっちゃん的な感覚でしょうか。
ちなみに、最近安田作兵衛プレイシリーズで記事にもしている
信長の野望・創造 戦国立志伝でも登場します。
こんな感じです。

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まあそれほど有能な武将として評価はされていないようです、残念(笑)

妻木広忠は、美濃国土岐郡妻木城第12代目の城主です。
妻木家は明智家からの派生家でもあるそうですし、
古くから明智家の重臣として仕えてきたのでしょう。
また、妻木広忠明智光秀の妻・熙子(ひろこ)の父説もあるんですが
明確な根拠となる資料はない
ようで、
熙子の父は「細川家紀」にある
妻木勘解由左衛門範熙(つまきかでのそうえもんのりひろ)の説が
一般的通説
となっています。
妻木広忠の孫の頼忠から始まる旗本妻木家の系譜でも、
広忠は明智光秀の叔父とされている
みたいですしね。

広忠に関しては、目立った戦績や功績があったのかどうかは
その手の資料が存在しないため不明です。
私が知ってる逸話は、
本能寺の変の後に山崎の合戦で敗れ近江坂本城が落ちると、
坂本西鏡寺で一族の墓を作った後に自刃したという話ぐらいです。
亡くなった一族に想いを寄せながらお墓を作る背中を
想像するだけでも物悲しいです。
他にも何かもう少し人物像が伝わってくるような逸話があるといいのですが、
ご存知の方がいらしたら教えてください。

2.妻木広忠の子孫たち

妻木貞徳(つまきさだのり)妻木広忠の子です。
この貞徳は本能寺の変では何もしていません。
むしろ山崎の合戦で明智家の敗北と妻木広忠の死亡を確認すると
父・広忠の謀叛の責任ととって隠居していします。
家督は嫡男の頼忠に譲りました。
しばらく隠棲生活を送っていましたが、
関ケ原の合戦では東農の戦いで参戦しています。
子の頼忠が徳川家康に与することを決めていたため、
妻木領に侵入してきた西軍・田丸直昌の軍勢を奇襲し、
大将2人の首をとる勝利を収めたとか。
この功によって、子の頼忠は土岐郡内7,500石の旗本となるのです。
旗本妻木家は、頼忠頼利頼次の3代続きましたが、
頼次に跡継ぎが無く一度廃絶してしまいます。
しかし、頼次の弟の妻木幸弘が妻木上郷500石で妻木家を再興し、
明治維新まで続いた
そうです。
この他にも、貞徳の次男・之徳旗本として上総国に領を与えられていたり、
三男・重吉美濃可児郡内に1000石を領する旗本となって
明治維新まで続いていた
ようです。
明智光秀という当時でいえば大謀叛人と与した家柄でありながら、
徳川家ではそれなりの遇を得ていたというのは
その時々での適切な判断をできていたと同時に、
買われるだけの才覚を備えた一族だったのではないかと思います。

それにしても徳川家は、斎藤利三の娘・お福(春日局)を
徳川家光の乳母として重用もしていましたし、
既にご紹介済みの四王天政実が名を変えて越前・結城秀康に仕えていた際も、
明智家家臣であり本能寺の変に参加していたことがわかると褒美を与えていたりします。 

tsukumogatari.hatenablog.com明智光秀に関わる人物たちを謀叛人の末裔として突き放すことなく、
それ相応の厚遇で仕えさせているあたり、
余計な深読みをして何か裏があるのではないかと勘繰ってしまいます(笑)
徳川家康の側近・南光坊天海が明智光秀と同一人物なのではという説もありますしね!
まあその辺の話は今回ご紹介の妻木広忠とは関係が無いので
またの機会にということで(笑)

3.「麒麟がくる」での妻木広忠は?

明智光秀妻・熙子の父説はおそらくとらないでしょう。
となると熙子の父とされる広忠の弟・範熙の方が全面に出てくるかもしれません。
光秀にとやかく口出しをする親戚のおっちゃん的役割を果たす可能性はあるかもですね(笑)
ただ、広忠にしても範熙にしても現時点での配役の発表がありませんので、
出てくるとしても物語の中ではあまり目立つシーンでの登場機会は
与えられない可能性も高いかなぁと。
そうはいっても、妻木城の第12代城主ですので明智家にとって重要な局面や評定では
列している姿を見れるかもしれません。
明智光秀主人公であることを考えると、一族たちのお墓の前で自刃する姿が
シーンとして撮られる可能性も薄い気がします。
光秀よりも後に亡くなっていますしね。
でも前述したように、親戚のおっちゃん的役回りだと
魅力あるキャラクターとして視聴者の印象に残って人気が出る可能性も!?(笑)

4.まとめ

今回は明智光秀の叔父・妻木広忠をご紹介しました。
本人の話があんまりなくて子孫の話から
徳川家と明智家の関係みたいな話に逸れそうでしたが(笑)
妻木広忠に限らず戦国時代の武将で名前は知ってても、
具体的に何をしてきた人なのかよくわからない人たちはたくさんいるので、
嘘っぽいネタでもいいから逸話が残っていてくれたらいいのにって
よく思ってしまいます(笑)
作り話だったとしても、作り話をされるだけの魅力がある人物だったとも言えますしね!
こう言ってしまうと作り話がないと魅力が無い人になってしまいそうですが、
そういう意味ではありませんので(笑)

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!