「麒麟がくる」第35話はすれ違う明智十兵衛光秀と足利義昭の回

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麒麟で学ぶ」第35回目です。
「麒麟がくる」第35話はすれ違う明智十兵衛光秀と足利義昭の回
今回の記事を読むと以下の事がわかります。

  1. お城のジオラマ高いw
  2. 室町幕府の弱さ?
  3. 駒は情報漏洩で訴えられかねないw
  4. 摂津晴門の真実と次なる政所執事
  5. 柿本人麻呂が謎w
最後は「が」がポイントww

さて本シリーズの前提事項的なものを
毎回0章に記載していますので、
初めて本シリーズの記事を読む方は
さらっと一読していただけると
助かります。
既に読んだことのある方は
読み飛ばして頂いてかまいません。

また前提の一番最初に記載していますが
本シリーズは「麒麟がくる」の
ネタバレを含みます
当日の放送や再放送も見逃して
まだ視聴されていない方は
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオ
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
見逃し分を視聴できます。
こちらで視聴した上で本記事を読まれると
いいかもしれません。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

しかしネタバレ含んでいるけど、
本記事を読んでから視聴すると
少し前提知識が入った上での視聴になるので
それはそれでいいのかもしれませんけどね。

そして「麒麟で学ぶ」の過去分については
こちらからどうぞ。

tsukumogatari.hatenablog.com

では今回のお品書きはこちらになります。

ちなみに2019年12月15日から更新中の
麒麟がくる公式サイト

www.nhk.or.jp

公式Twitterもブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめるので
まだの方は是非とも。
Instagramもあります。

0.本記事を読むにあたっての前提など

1.「麒麟がくる」第35話「義昭、まよいの中で」からの学び

坂本城の図面と睨めっこな十兵衛
まずは全体の感想からなんですが
感想はnoteで先出してるので
もうそっちだけでいいかな
と思い始めました(笑)
先出しで感想を書いた時点と今では
考えてることがちょっと違ったりはするけど
そこをあえて触れる必要性がある時は
触れるって感じでいこうかなと。

note.com

というわけで、さっさと本題の方へ。

ちなみに第35話の公式サイトのトリセツ
こちらです。
www.nhk.or.jp
六角氏、地図上やセリフ上だけじゃなくて
出演させてあげてほしいw

登場人物の年齢のおさらい

三好長慶と松永久秀を守る明智光秀、三淵藤英、細川藤孝

まずは主な登場人物たちの年齢確認を。
今回は元亀2年(1571年)秋スタート
というわけで前回同様元亀2年のため
年齢は全員据え置きです。
追加した人物は赤字にしています。
また前回の話の中で亡くなった
と判明した人物に関しては
こちらの一覧からは削除して
後述の亡くなった人を弔う章に
引き続き掲載する形にしています。

ちなみに生年不明な人とか
年齢設定不明な人以外の生年については
Wikipediaをベースにしています。
あと基本的に全員数え年の年齢です。

1.1.城持ち大名十兵衛誕生からの学び

坂本城
坂本城の天守には鯱が
十兵衛が眺めていた坂本城の図面が欲しいw
というわけで比叡山焼き討ちで
一番の戦功をあげたと信長さまに称された
十兵衛ですが、拝領した志賀郡の坂本に
お城を築くことを命じられます。
いわゆる坂本城

琵琶湖の畔に築城した水城
船を利用して城内への行き来ができたそうです。
宣教師のルイス・フロイス
十兵衛を始め信長さまとも交友のあった
公家の吉田兼見がその壮大さに驚き
名城として称えています。

図面の天守閣に鯱が書かれていましたけど
あの鯱は信長さまが安土城に取り入れたことで
普及するようになったと言われていますが
それよりも先立って鯱を載せていたのが
坂本城なんですよね。

次回には天守閣が完成していそうな感じですが
十兵衛はこの坂本城が活動拠点になります。

そんな坂本城をマイクラで作ってみたい!
姫路城、松本城江戸城をマイクラで建築した
自称お城クラフターの私の腕がうずくわけですw
www.youtube.com

と思ったけど参考資料的なものがないと
作れない人なので
プラモデルはないんだろうか
と思ってAmazonで探してみると
一つだけ発見。

2万8千円プラス送料っていうなかなかのお値段w
なんでこんなに高いんや・・・
と思ったら
これオーダーメイド品らしくて
この出品者の方のサイトだとAmazonの商品よりも
サイズの大きなものを8万円(税込)で
取り扱っていました。
katuuya2012.shop-pro.jp

チラ見しただけでも安土城を始めとして
日本全国のお城の完成品があったし
お城以外にも神社・お寺のジオラマ
世界の合戦ジオラマまで取り扱ってるみたい。
興味のある方は覗いてみてください~。

あと坂本城ジオラマといえば
滋賀県大津市にある禅明坊光秀館にも
来年2021年2月7日(日)まで
期間限定で展示されています。
otsu.or.jp

この辺の画像の資料だけで
坂本城建築に取り掛かるか
ジオラマを購入してしまうか
多少悩ましいところですが
麒麟がくる」の最終回までには
イクラでの坂本城建築を完了したい

という気持ちが沸き上がってきました。
問題は時間がとれるかどうか・・・(笑)
いずれにしても完成したら
こちらのシリーズの記事で報告する予定です。

信長さまは朝廷の味方
信長さまからの命令書を見て驚く明智十兵衛光秀
公方さまよりも帝のことが気にかかる信長さま。
幕府よりも帝への援助を優先したい信長さまが
十兵衛に命令したのは
帝をお支えする朝廷の貧乏暮らしを
なんとかしてあげること。
その命令のうち2つが洛中洛外の田畑の米を
富裕層に貸し付け、その利息を公家に与える事と
帝の妹の御料地を勝手に奪い取った幕府から
取り返して幕府の者を罰せよというもの。

幕府の腐敗に手を打って再興したい
と考えている十兵衛からすると
幕府と敵対するような形になる政策には
賛同できかねるといった様子でした。

この信長さまのご命令の話は
信長公記」にも書かれている話です。

宮中の収入面に困ることがないようにするために
京都市中の町人に米を貸し付け、毎月その利息を
宮中に献上すること、
そして零落した公家たちの領地と相続についても
具体策は記されていませんが復興のため諸政策を
実施した、とあります。

またこのくだりには
御所の修理が工完したことや
領国中の関所の撤廃の実施についても
併せて記されているんですが
信長さま贔屓の著者・太田牛一は関所撤廃について、
『天下の安寧を図り
往還の旅人の弁を思いやる施策は
慈悲深い信長さまの心から発したもの』

と、信長さまを持ち上げまくっているのが
ちょっと面白いんですよね。

信長公記」を読んでいると
こういった太田牛一が感じていた
聖人・織田信長像みたいなものが
所々に散りばめられています。
信長さまに引き立てられてたからこその
バイアスがかかっている可能性はありますが
世間一般的に植え付けられている
激しい気性のイメージとは異なる信長さまに
面白さを感じています。

『綺麗な信長さま』を見たい人におススメなのが
信長公記」です(笑)

100年以上内輪揉めと戦で明け暮れてきた室町幕府
公方さまや幕府のありがたみをよく知らずに育ってきた木下藤吉郎
藤吉郎が言っていた室町幕府
100年以上の内輪揉めと戦といえば
誰しも思い浮かぶのは応仁の乱でしょう。
名目上は将軍継嗣の問題に端を発した内乱は
1467年から始まって
11年に渡って繰り広げられ
戦場となった京の都は
焦土と化し荒廃してしまいます。
世情不安が高まる中で
土一揆一向一揆も頻繁に発生。
そして戦乱は応仁の乱の主戦場となった
京のみならず、各地方でも家督争いや
守護が在京中に力をつけてきた
守護代や国人衆による争い
そして下剋上など
世は戦国の時代へと入っていきます。

ちなみに最近だと
戦国時代の入り口は
明応2年(1493年)の明応の政変
と言われることが多いようです。

明応の政変
細川政元が10代将軍の足利義材を追放して
11代将軍に足利義澄を擁立した事件なんですが
麒麟がくる」で描かれた
足利義栄足利義昭の将軍継嗣の争いの
きっかけだったりもする重要な事件です。

というわけで
室町幕府はこの100年以上もの間、
さしたる力を示すこともできず
内乱も戦乱も収めることもできず
といった有様なので
藤吉郎が厭味ったらしく言うのも
よくわかる気がします。

ただ室町幕府は元々成立した当初から
権力があまり強くない幕府です。
有力諸侯との合議制を主体とした連合政権
将軍がこうしたい!と言っても
他の有力守護大名が反対すれば
その主張も通らなかったわけで。

室町幕府の中でも”強い将軍”といえば
思いつくのは足利義満ぐらい?
天皇家へ入り込むことを画策し
自身は上皇になることも企んでいた
なんて話もある3代将軍の足利義満
突然亡くなったりしていなければ
その情勢もかわっていたのかもしれません。

しかしその足利義満が亡くなって以降
将軍の権威は徐々に衰退していき
代わりに有力守護大名
力をつけていくようになります。
管領家の斯波・畠山・細川家はその際たるもの。

十兵衛が目指しているような
『この将軍を守らなければ』
と思えるような将軍を中心とした政治体制は
その将軍にどれほどのカリスマ性があるか
というところが拠り所になってしまうので
現実的じゃない気がしちゃうんですよね。
室町幕府の体制的にはそうであるべき
なのかもしれないけど
もはやその体制では世は纏まらない事が
証明されちゃってるんじゃないか?
十兵衛、それでいいの?っていうのを
ずっーと思いながら見てきたわけですが
藤吉郎に言われたぐらいじゃ
十兵衛の心はまだ、変わらないようでした。

向井将軍との良い思い出が
十兵衛の判断を鈍らせてる気がします。

1.2.十兵衛暗殺未遂事件のからの学び

幕府の情報管理の甘さが十兵衛を助けた
摂津晴門に命を狙われた明智十兵衛光秀
摂津晴門に命を狙われた十兵衛。
細川藤孝に命の危険を教えられるも
暗殺部隊が待ち構えているであろう
奥の方へとカッコよく進んでいく十兵衛。

でも流石に多勢に無勢だし
そもそも待ち伏せされてもいるので
ほぼ殺されてもおかしくない状態。
むしろ、あの状況で
なぜ十兵衛に止めをさせれなかったのか
それがとっても疑問(笑)
まぁでもそこは主人公ですから
間一髪逃れられるスキルが
発動してくれたのでしょう!

しかし十兵衛の命が助かったのは
間違いなく駒の功労ですよね、今回。
十兵衛の命が狙われている事を
公方さまとの会話から察知した駒、
そしてお金次第で何でも解決伊呂波大夫。
このコンビに暗殺の情報が漏れた段階で
摂津晴門の企みは露と消えたも同然でした。

公方さまは暗殺計画の話を
直接摂津晴門から聞いていたわけでは
ないのかもしれないけど
それにしたって今回だけじゃなく
前回の話にあった
大和で松永久秀と争う筒井順慶
幕府から援軍を送る話にしても
本来は機密情報のはず。
策が漏れたら勝ち戦も負け戦に一転するのに
ガバガバな情報管理に少々呆れています(笑)

そういった情報管理の甘さのおかげで
十兵衛の命が救われたのは良かったんですが
家族にも仕事の話をしてはいけない
と会社から厳しく教育された私には
ちょっと考えられませんでした
というだけのお話(笑)

摂津晴門退陣
摂津晴門、政所執事の役を解任される
十兵衛暗殺未遂事件によって
古き悪しき者、摂津晴門政所執事を解任。
捕らえられてその後どうなったかは
わかりませんが、きっと摂津晴門
これで「麒麟がくる」からも退場?
生没年不詳の方なので
ひょっとして・・・
本能寺の変辺りで再登板有る?
というのも考えたりもしましたが
流石にそれはやり過ぎかなぁw

麒麟がくる」での摂津晴門
超悪役的立場で描かれましたけど
実際にそういう人だったかは
歴史学者さんたちが否定している以上
そうじゃないんでしょう。
摂津晴門に関して細かくわかるような資料が
残っていないみたいですしね。
信長さまと敵対した幕臣であれば
武田信玄との書状でも名が見られる
上野秀政とかの方が適任だった気も。
十兵衛と共にどこかの土地の横領で
信長さまに怒られてたりもした気がしますw
※これは記憶が曖昧なので記憶違いの可能性もありw

そもそも、摂津晴門の嫡男・糸千代丸って
永禄の変で足利義輝公と共に殺されてます。
つまり永禄の変を起こした三好一派は
息子の仇なわけです。
その仇を畿内から追い出した信長さまを
敵視するもんなのかなぁって思ったり。

ただ永禄の変には
松永久秀の嫡男・久通も参加していた
ということを考えると
松永久秀も仇の一人として考えてるかもだから
犬猿の仲の松永久秀筒井順慶
二条御所で鉢合わせにして
幕府から松永久秀を追い出すのは
あってもおかしくない話かなとも。

ちなみに摂津晴門
十兵衛の暗殺未遂ではありませんが
実際に足利義昭の勘気を被って
政所執事を解任されています。
これが元亀2年(1571年)7月から11月頃。
7月はまだ解任されず
次期政所執事が任命された11月に
解任されたのか?
その辺はよくわかりませんが。
麒麟がくる」でも解任時期は
11月頃っぽいのでその辺合わせたのでしょう。

摂津晴門の次なる政所執事は?

摂津晴門政所執事を解任されたという事は
次なる政所執事に任命される人がいるはず!
というわけで摂津晴門の後任となるのは
伊勢貞興です。
tsukumogatari.hatenablog.com
伊勢貞興の生まれた伊勢氏は世襲により
代々政所執事を担ってきたお家柄。
摂津晴門の前の政所執事
伊勢貞興の祖父である伊勢貞孝だったんです。

ところが、伊勢貞興のお爺ちゃん・貞孝は
当時の将軍・足利義輝とは折り合いが悪く
ついでに三好長慶からの勘気も被ってしまい
政所執事の職を解任されてしまうんです。

そして失脚した伊勢貞興は京の船岡山で挙兵。
その討伐に向かった松永久秀によって
子の貞良(伊勢貞興の父)と共に
討死をしてしまったのです。
これが永禄5年(1562年)の話。

貞孝の孫である伊勢貞興とその兄の貞為は
若狭武田家の下へ逃れます。

その三年後の永禄8年(1565年)に
永禄の変が起きて足利義輝が殺されてしまうと
貞興の兄・貞為は三好一派の推す足利義栄
仕えたそうです。
一方、弟の貞興は信長さまと共に上洛した
足利義昭に仕えます。
足利義昭が将軍となったことで
義栄派の幕臣たちは解任されてしまい
この時に自身が病がちであることを理由に
兄・貞為は家督を弟の貞興に譲ります。

という経緯があった上での伊勢貞興
政所執事就任なんですが
伊勢貞興はこの時まだ数えで9歳なんですよね。
なのでしばらくは信長さまが政所執事
代行
したらしいですよ。

足利義昭が信長さまと対立するようになると
幕臣として二条城の守りにつきますが
足利義昭が京から出ていく際には随行せずに
十兵衛の家臣として仕えるようになります。
本能寺の変では信長さまの嫡男・奇妙丸のいる
二条城を攻め落とし
その後の山崎の戦いにも従軍しています。

明智家中でも知勇兼備の将として活躍する姿を
麒麟がくる」では見れるのかどうか?

その前に登場するのかどうかという問題・・・w

1.3.柿本人麻呂からの学び

帝の覚えがめでたいお方、三条西実澄
栗を食べすぎ三条西実澄
信長さまが推している帝、正親町天皇
一体どんな人物なのか十兵衛も
気になり始めました。
自分の推しが推してる人を追っかけたくなるの
わかりますよね(笑)

というわけで同じく帝推しの伊呂波大夫の伝手で
帝の覚えがめでたいと噂の
三条西実澄と会えることになりました。

三条西実澄は後に信長さまの推挙によって
大納言に任じらるんですが
その際に名乗った三条西実枝の名でも
知られています。

三条西実澄に十兵衛は気に入られたようですが
そもそもこのお方は
十兵衛大好き人間の一人細川藤孝
深~い関りがある方です。
三条西実澄は細川藤孝の師匠なんですよね。
そして細川藤孝に古今伝授をおこなっています。

ちなみに古今伝授とは以下の通り。

古今伝授(こきんでんじゅ)または古今伝受とは、広義の意味では、勅撰和歌集である『古今和歌集』の解釈を、秘伝として師から弟子に伝えたものである。狭義では、藤原俊成・定家の嫡系子孫である御子左流二条家(二条派)に伝えられたもの。さらなる狭義では、二条家断絶後、二条派の東常縁から宗祇に伝えられ、以降相伝されたものを指す。
引用元:Wikipedia、古今伝授

三条西実澄の家に代々伝わる古今伝授は
一子相伝なので本来伝授されるべき人は
実澄の子であるはずなんです。
しかし実澄の子・公国がまだ幼少でした。
そのため、実澄は弟子の細川藤孝
後々三条西家の子孫に返すこと、
そして、藤孝の嫡男含めて
そのほかの誰にも伝授はしないこと
を約束させた上で伝授したそうです。
実際、三条西実澄の子・公国は
早世してしまったので
細川藤孝は三条西実澄の孫である実条に
古今伝授を伝えたそうです。

そしてこの三条西実澄は
麒麟がくる」のもう一人登場人物と
関わりがあります。
それは稲葉良通
三条西実澄の娘が稲葉良通正室なんです。
ついでに言うと
この稲葉良通正室の産んだ娘・安が
後に十兵衛の家臣となる斎藤利三の下へ嫁ぎ
後年、徳川家光の乳母となり
江戸幕府で権勢で振るったと言われる
お福(春日局)を生んでいます。*1

前述したように三条西実澄は信長さまとも
懇意になりますし「麒麟がくる」の
様々な登場人物たちとの関りがある人なので
十兵衛を帝に引き合わせる役のみならず
物語のキーマンの一人になるかもしれません。

万葉集柿本人麻呂の歌
内裏に参内して十兵衛のことを帝に報告する三条西実澄
十兵衛が三条西実澄に気に入られたのは
万葉集で好きな歌を聞かれた時に
柿本人麻呂と即座に答え
その上でいくつか淀みなく挙げた
好きな歌は三条西実澄も同感だったから。

というわけで柿本人麻呂の歌を
全部読んでみるかぁと思ったら
全部で90首以上あるそうですね!
万葉集に掲載されている歌は
長歌19首に短歌75首。
万葉集自体が全20巻で4500首以上の
和歌が収められていることを考えると
柿本人麻呂の歌の数は妥当なのか
それとも多い方なのか
その辺は不勉強のためよくわかりません。

というか
そもそも戦国時代と幕末以外に
あまり興味を持ったことが無いので
※歴史自体は昔から好きだけど専門ではやってなかったし。
柿本人麻呂の事をよくわかっていません。
ということで本を読んでみました。

とりあえず読んでみたのがこちら。

流人人麻呂

流人人麻呂

柿本人麻呂の晩年を描いた小説で
役人だった柿本人麻呂
心当たりのない罪にかけられて
都から遠い石見の最西端の地
鴨島に流されてから1年ほどたった辺りから
物語は始まります。

著者の橋本升治さんは
柿本人麻呂が亡くなった地と言われている
島根県益田市の出身。
地元には人麻呂を祀る高津柿本神社があり
人麻呂は地元民にとって学問や農業の神などと
崇められているそうだから
著者の橋本さんも人麻呂に対する思い入れは
一際強いのかもしれませんね。

この小説には人麻呂の身の回りの世話をする
あわびという海人の娘や
語ら家の一族である綾部氏の若者
止利(とり)も主要人物として登場します。
語ら家とは主人の家の歴史を記憶して
主人の子孫に代々伝えていくのが仕事らしいです。

人麻呂は2人に真名、即ち漢字を教えながら
ゆったりとした時間を過ごしていく。
それは本当に罪人なんだろうか
と疑問に思うような暮らしぶりなんだけど(笑)、
そん中で垣間見える人麻呂の人物像や
人麻呂を貶めたであろうと想定している
藤原不比等についての描写を絡めるたりする事で
柿本人麻呂が正史『日本書紀』から
抹殺されてしまった謎を解き明かそう
というのが、この小説の趣旨です。

そういう謎に迫っていくのも面白いんだけど
個人的には
当時の紙の製法だったり
当時の話ことばであるやまと言葉
表現できる文字がなかったというような
当時の常識、環境、生活様式なんかにも
興味を持って読むことができました。

今までさほど興味の無かった人物だけど
一冊本を読んだだけで興味の対象になる私は
とても単純な人間なのかもしれません(笑)

というわけで
時間的にまだ1冊しか読めてないんですが
気になって今後読んでみようと思ってる
柿本人麻呂関連本が以下です。
この本以外にもおススメとかあったら
教えてください!

人麻呂の暗号(新潮文庫)

人麻呂の暗号(新潮文庫)

結局真相不明な謎に魅かれちゃうんだろうなぁw

1.4.没した登場人物たち

斎藤道三の亡骸に膝をついて深く礼をする明智十兵衛光秀

こちらは麒麟がくる」で亡くなった人たちを
弔うための章
です。
亡くなった日については
Wikipediaの情報と「麒麟がくる」での情報を
照らし合わせてのものですが
人物によって諸説ありますので
あくまでも参考情報ということでお願いします。

1.5.参考資料

今回記事を書くにあたって主に参考とした書籍や
サイトをこちらでまとめて紹介しておきます。
興味持たれた方はご購入または閲覧してみてくださいね。

戦国 戦(いくさ)の作法

戦国 戦(いくさ)の作法

  • 発売日: 2018/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
戦国の忍び (角川新書)

戦国の忍び (角川新書)

図説 室町幕府

図説 室町幕府

  • 作者:丸山裕之
  • 発売日: 2018/06/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
室町幕府の外様衆と奉公衆 (同成社中世史選書)

室町幕府の外様衆と奉公衆 (同成社中世史選書)

  • 作者:聡, 木下
  • 発売日: 2018/04/20
  • メディア: 単行本
坂本城 - Wikipedia
明応の政変 - Wikipedia
伊勢氏 - Wikipedia
三条西実枝 - Wikipedia
万葉集 - Wikipedia

2.あとがき

三条西家の使用人として御所へ参内する明智十兵衛光秀
麒麟で学ぶ」第35回目はいかがでしたか?
感想、ご意見等あればコメントをお気軽に。

さて次回は
よーーーーやく
十兵衛が公方様から離れて
織田家臣になりそうな気配です。
でも迷いもありそうな気がしますよね。
信長さまの比叡山の焼討ちには
相当抵抗感があるようでしたから
本当に信長さまでいいのか?
信長さまで麒麟は呼べるのか?
という思いが十兵衛の中にある事
前々回の中で松永久秀
洩らしちゃいましたからね。

そして次回
帝とどんな会話をするのかも
気になるんだけど
実はもっと気になっているのは
坂本城の姿です!(笑)
まぁそんなに精巧な坂本城
見れるわけじゃないんだろうけど
少しでも参考になれる資料は参考にして
イクラ建築に役立てたい(笑)

ところで
麒麟がくる」の大政所さまは
都かぶれしてるのか何なのかわからないけど
畑仕事しなさそう(笑)

さて冒頭でも述べましたが
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオであれば
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
当日の放送や再放送も見逃してしまったとしても、いつでも視聴可能です。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

そして「麒麟がくる」をもっと楽しむために
こちらの書籍もおススメですので
ご興味のある方は是非とも。

NHK出版 2019年11月30日


by ヨメレバ

麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 

麒麟がくる 後編 (2) (NHK大河ドラマ・ガイド)

麒麟がくる 後編 (2) (NHK大河ドラマ・ガイド)

  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: ムック
 

2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!


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tsukumogatari.hatenablog.com

このINDEXページを基点として頂くと
過去に投稿済みの記事へも
アクセスしやすいです。
こちらから過去記事も読んで頂けると
嬉しいです。

*1:斎藤利三に嫁いだのは稲葉良通の姉・於阿牟(おあむ)の説もあるらしい。

*2:麒麟がくる」では今の所亡くなったことは語られていない。

*3:麒麟がくる」の場合は長良川の戦いから数日後な気がするけどWikipediaベースで載せてます。

*4:信長の野望ベースなら享年23歳。

*5:麒麟がくる」では亡くなっているかどうかの言及はなく、東庵先生も生死どちらとも取れる感じで話している。

*6:信長の野望ベースなら享年42歳。桶狭間の戦いの前哨戦、丸根砦の戦いで討死しているが「麒麟がくる」では語られていない。

*7:実際に亡くなったのは21話と22話の間の期間だが、19話で既にナレ死してます。。。

*8:信長の野望ベースなら享年30歳。桶狭間の戦いの後、今川家からの自立を目指した松平氏との戦いにて戦死。

*9:麒麟がくる」では桶狭間の戦いから4年間がカットされてしまったこともあって、その死を語られることもなかった。

*10:没した月日は9月13日、9月30日、10月1日、10月8日、10月20日、10月22日など諸説ある。

*11:1540年生年説もあるのでその場合だと享年29歳。