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朝倉義景の側近、鳥居景近の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

朝倉義景の側近、鳥居景近の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

戦国時代、越前の朝倉氏に仕えた武将・鳥居景近

朝倉氏最後の当主、朝倉義景の側近であり、その最期まで忠誠を尽くした人物です。

鳥居景近を知っている人は、戦国時代好きやマンガ『センゴク』の愛読者くらいかもしれません。

本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、鳥居景近の生涯や最新情報を解説します。

鳥居景近の出自・功績・逸話

鳥居景近は、美濃国の有力な土豪として知られ、激動の戦国時代を生き抜いた武将です。

名前(読み方)

鳥居 景近(とりい かげちか)

別名/渾名/二つ名 兵庫頭、兵庫助
生年 不詳
没年

天正元年8月20日(1573年9月16日)

不詳(鳥居与七の子孫)
不詳
兄弟姉妹 不詳

不詳

与七郎景松

以降では、鳥居景近の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。

出自

鳥居景近は、元々奈良の興福寺に属していた僧兵の家系に生まれと伝わります。

彼の先祖は、興福寺の代官として越前国坂井郡に派遣され、その地に根を下ろしたそうです。

鳥居家が単なる地方豪族ではなく、宗教的な背景も持つ家柄だったということですね。

鳥居家は時代とともに「与一左衛門尉」系統と「兵庫助」系統に分かれ、景近は後者の系統に属していました。

家族や親類

鳥居景近の家族関係については、詳細な記録が残っていません。

しかし、彼には与七郎景松という息子は存在したようです。

景近の最期の際に詠んだとされる辞世の句には、残される子どもへの思いが込められているという解釈もあります。

内政や合戦での功績

鳥居景近は、朝倉義景の側近として外交面で活躍していたようです。

取次」と呼ばれる役職を務め、朝倉家の対外政策を担当していました。

同じく側近である高橋景業とペアを組んで外交活動を担い、副状の発給などをしていたことがわかっています。

当主の朝倉義景は、織田信長に対抗するための「信長包囲網」の一翼を担っていたので、景近も包囲網を形成するうえで重要な役割を果たしていたのかもしれません。

また、元亀元年(1570年)の金ヶ崎城の戦いでは、義景に従って出陣し、500騎を率いて戦った記録が残っています。

外交だけでなく、実戦でも活躍していた武将だったようですが、史料があまり残っていないので詳細は不明です。

晩年と最期

鳥居景近の最期は、主君・朝倉義景との強い絆を象徴する出来事として語り継がれています。

天正元年(1573年)、織田信長に刀根坂の戦いで大敗した朝倉氏は滅亡の危機に。

義景は大野の六坊賢松寺に逃れますが、そこで義景の従弟である朝倉景鏡の裏切りに遭います。

朝倉家を離反する家臣も多いなか、景近は最後まで義景のそばに仕え続けました

朝倉景鏡勢としばし戦ったのち、義景が隠れている寺に戻り、義景の介錯を務めたとされています。

そして主君の死後、景近自身も自害

辞世の句は、「先立ちし小萩が本の秋風や 残る小枝の露誘うらん」。

現在、福井県大野市には朝倉義景の墓と共に、鳥居景近の墓も建立されています。

押さえておきたいエピソード

鳥居景近にまつわる逸話は少ないですが、以下3点を押えておくといいでしょう。

  • 同じく側近の高橋景業と共に取次を務め、朝倉氏滅亡まで忠誠を尽くした
  • 朝倉義景の介錯を務めたのち、自身も命を絶った
  • 景近の最期に詠んだとされる辞世の句は、主君への忠誠と家族へ想いが詰まっている

ほかにもエピソードをご存じの人がいたら、ぜひ教えてください!

信長の野望シリーズでの鳥居景近

戦国時代を舞台にしたシミュレーションゲーム「信長の野望」シリーズで、鳥居景近は一度も登場したことがありません

そこで、現在の最新作「信長の野望・新生」で新規武将として登録する場合のステータスを、勝手に設定してみました!

登録する際の参考にどうぞ!

能力値

信長の野望 新生 鳥居景近(新規武将)

「信長の野望・新生」での能力値は、以下のように設定してみました。

タイトル 政治 知略 武勇 統率
信長の野望・新生 62 72 58 46

 

また、所持戦法や特性は以下のとおりです。

タイトル 戦法 特性・個性 奉行特性
信長の野望・新生 足止
  • 能弁
-

朝倉伝
(英林壁書)

 

ステータス値は、ほぼ感覚値です!

ただ、知略は当主を裏切った朝倉景鏡より1少なくしてみました。

信長の野望 新生 朝倉景鏡

郷土の研究だと、代官を務めながら近隣諸国との外交を任されていたと考えられているため、政治力は60くらいあってもいいのかなと。

奉行特性に関しては、やり過ぎかなと思いつつ「朝倉伝(あさくらのつたえ)」を設定。

朝倉氏に最後まで尽くした忠臣であり、『センゴク』でも主要キャラとして活躍したので少しひいき目にw

みなさんなら、鳥居景近のステータスはどのように設定しますか?

コメントなどで教えていただけるとうれしいです!

 

ゲーム内で向いている役割

紹介したステータスの場合、外交官に向いているでしょう。

諸大名との関係と取り持つ「親善」では、特性の「能弁」の効果で、通常より信用が高く増えます。

同じく側近として活躍した高橋景業も新規武将として登録し、2人で諸大名や足利幕府との取次役を任せましょう!

ただし、外交を任せるのであれば、ステータスが内政と外政で分かれている「信長の野望・大志」のほうが景近の個性を出しやすいかもしれませんね。

大名プレイでは、腰の重さで非難されがちな朝倉義景に代わって天下統一を目指しましょう。

「朝倉伝」の効果で敵将武将登用時の身分低下を防げるので、城主設定可能な武将を通常より多く取り込めます。

鳥居景近プレイにおすすめのタイトル

今回ステータスを設定したのは「信長の野望・新生」でしたが、ほかのタイトルでも新規武将として登録すれば、鳥居景近プレイが可能です!

なかでもおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。

それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!

タイトル おすすめポイント
信長の野望・創造PK
  • 内政と軍事、どちらもほどよく楽しめる
  • 複雑すぎないゲームシステムで遊びやすい
  • 築城で支城を作れば戦略の幅が広がり、より楽しくなる
信長の野望・創造 戦国立志伝
  • 大名プレイのみならず家臣プレイも堪能できる!
  • ゲームシステムは創造PKを踏襲しているので遊びやすい
  • 異次元世界にある領地を発展させるのが楽しい!
    (個人的には、領地の兵力はあまり増やさないほうが楽しめる)
信長の野望・大志
  • 戦国時代のリアルな戦闘の雰囲気を味わえる野戦が楽しい!
  • 「志」システムが大名の個性を引き出している
  • 他国との外交が天下統一への肝になっているところに現実味がある
  • 正室以外に側室も設定できるのがうれしいw
信長の野望・新生
  • 籠城戦はシリーズNo.1の作りこみ!籠城戦楽しい!
  • 大志同様、外交戦略も必要な点にリアルさを感じる
  • コツさえわかれば小国でも乗り切れる(序盤はかなりきつい)
  • 武将ごとに設定された「奉行特性」は、効果の説明を読むだけでワクワクするw

 

鳥居景近プレイでの注意点

鳥居景近の生年をいつに設定するかで、登場年が変わる点に注意しましょう。

生年が伝わっていないので自由に設定してかまいませんが、遊ぶシナリオに最初から登場する生年を設定しましょう。

また、「信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。

  • 大名プレイをするには、元々仕えている大名の娘婿になり、大名を隠居して家督を継がせる必要がある
  • 信長の野望・大志」(PK版のみ)や「信長の野望・新生」の場合、ゲーム開始前に大名を変更する。

個人的には、「信長の野望・創造 戦国立志伝」で朝倉義景を支える重臣として遊ぶのが楽しそう!

 

小説・映画・書籍に見る鳥居景近

鳥居景近を主人公とした小説や映画は確認できませんでした

ただし前述のとおり、仙石権兵衛(秀久)が主人公のマンガ、『センゴク』に登場します(第7巻から)。

朝倉氏と共にその生涯を閉じるので、途中参戦かつ途中退場となってしまいますが、主要人物の一人として活躍の場が与えられています。

興味のある人は手に取ってみてください。

大河ドラマでの鳥居景近

NHK大河ドラマで鳥居景近が登場した作品は、現時点ではありません

朝倉義景が登場することはよくあるのですが、その家臣で登場するのはかなり限られるので……。

2020年の『麒麟がくる』なら、主人公の明智光秀が朝倉氏に身を寄せていた時期があったので、登場することを期待したものの採用されずでした。

主君の朝倉義景が大河ドラマの主人公として取り上げられれば、主要人物として登場するでしょう。

「朝倉氏100年の栄華を大河ドラマにしよう」という誘致活動があるのは聞いたことがあるので、もしかしたらいつか実現するかも!

ゆかりの地:鳥居景近と歴史を感じる場所

鳥居景近のゆかりの地を2つ紹介します。

朝倉義景墓所(福井県大野市)

福井県大野市泉町にある朝倉義景の墓所は、鳥居景近のゆかりの地でもあります。

朝倉義景の墓と並び、鳥居景近の墓も建立されているからです。

この墓所付近は現在、「義景公園」として整備され、地域の歴史的観光スポットとなっています。

公園内には「義景清水(よしかげしょうず)」と呼ばれる清水が湧き出ていて、近くにある水琴窟から美しい音色を楽しむこともできます。

散歩コースの一部として地元の人たちが集う一方、朝倉義景を偲んで訪れる観光客もいるようです。

機会があったら立ち寄ってみてください!

一乗谷朝倉氏遺跡(福井県福井市)

一乗谷朝倉氏遺跡は、朝倉氏の本拠地だった場所です。

鳥居景近はこの地で朝倉義景に仕え、多くの時間を過ごしたと考えられます。

現在は国の特別史跡に指定されており、戦国時代の城下町の様子を今に伝えています。

遺跡内の復原町並には、当時の武家屋敷や町屋が再現

鳥居景近が生きた時代の雰囲気を体感することができます。

また、一乗谷朝倉氏遺跡の北に位置する一乗谷朝倉氏遺跡博物館では、朝倉氏に関する貴重な資料が展示されています。

2023年には鳥居景近と高橋景業の連署状が新たに収蔵され、公開されました。

この文書は、鳥居景近の外交活動の一端を示す貴重な史料となっています。

一乗谷付近に訪れた際はぜひ!

www.chunichi.co.jp

 

鳥居景近に関する最新の注目ニュース

現時点では、鳥居景近に関する最新の史料発見などの大きなニュースは見あたりませんでした。

今後ニュースを発見次第、更新していく予定です!

鳥居景近の生涯と功績まとめ

鳥居景近は、戦国時代の越前国で活躍した朝倉氏の重臣。

興福寺の僧兵の家系出身で、朝倉義景の側近として外交を担当しました。

しかし、1573年の朝倉氏滅亡時には主君の介錯を務めたのち、その後を追って自害しています。

残念ながら「信長の野望」シリーズには登場していないので、新規武将として登録し、朝倉氏による天下静謐(てんかせいひつ)を目指しましょう!

その際、同じく側近の高橋景業も登録するのがおすすめです。

本記事を機会に、鳥居景近に興味を持ってもらえたらうれしいです!

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

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