歴史人物語り#98 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の明智光秀の出身地はどこが正解だと思いますか?そんなことを考えながら出身地説の場所を巡るのも楽しそう

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前回投稿しましたこちらの記事、

tsukumogatari.hatenablog.com

私が明智光秀を知るきっかけの話から
NHK大河ドラマ麒麟がくる
麒麟」について言及してみたんですが
大変有難いことに
とっても多くの方に読んで頂いてるみたいです。
今回も「麒麟がくる」の主人公である
明智光秀の出生についてしたためてみました。

半生に謎の多い明智光秀ですが、
生まれた場所についても諸説ああります。

f:id:tsukumoshigemura:20191213205356p:plain
※これは「信長の野望・創造 戦国立志伝」での明智光秀
光秀が主人公の大河ドラマが始まるということで
出生地と伝わる場所では
様々なイベントが開催されたり予定されたり
活気づいているみたいですね!
麒麟がくる」放映をきっかけに
その地へ旅で訪れてみるのもいいのではないでしょうか!
というわけで今回のお品書きはこちらです。

そして2019年12月15日から徐々に更新予定の
麒麟がくる」公式サイトと

www.nhk.or.jp公式Twitter@nhk_kirinもブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめると思いますので是非!

1.明智光秀の出生の謎

織田信長に仕えてから出世街道を昇りつめ
織田家中随一といっても過言ではない程の
重臣となった明智光秀ですが
その出生はよくわかっていません。

まず生まれた年。
明智光秀の生年説には
1516年1528年、あるいは1540年以降
といった感じで
1534年生まれの織田信長よりも
年上の説と年下の説、両方あったりします。
ちなみに「麒麟がくる」では、こちらの物語のあらすじに

www.nhk.or.jp

「1540年代なかば、東西の要衝たる美濃の地に、一人の若き虎がいた。」

とあることから
1528年説をとっているであろうことは想像できます。
1516年説だと1540年代半ばで”若き虎”とは表現しないでしょうからね。

生年もよくわかっていなければ
誰が父でどこで生まれたかというのも
はっきりしておらず諸説あるんです。

明智氏清和源氏である美濃国守護の土岐氏の支流と言われています。
明智光秀の父は、
名前が不明な身分の低い支流という説も
あるようですが
父の名のある系図もいくつかあって
その名前が光綱光国光隆頼明って
いったい誰が父やねん!
て関西人じゃないのに
関西弁で思わずツッコミ入れたくなるぐらい
父の名前が統一されていません(笑)

さらにWikipediaを確認してみると

光秀は美濃の明智氏の出身とされるが、前半生が不透明なこともあって以下の出自説が存在する。

  • 進士信周の次男(『明智一族宮城家相系図書』)[14]
  • 美濃の明智から信長への使者御門重兵衛を気に入り、明智を名乗らせ仕えさせた(『塩尻』[注釈 32])[14]
  • 若狭国小浜の刀鍛冶・藤原冬広の次男(『若州観跡録』)[14]
  • 土岐元頼の息子(『稿本美濃誌』[注釈 33])
  • 進士晴舎の息子[109]

引用:明智光秀 - Wikipedia

明智光秀さん、
あなたは一体誰の子どもなんだ(笑)
説がいろいろありすぎて
ただの戦国時代ゲーム好きな私には
どれが真実なのかさっぱり見当もつきません。
だがそこが面白い
ともいえるんですけどね!

2.明智光秀の出生地と伝わる土地5選

当然のように生誕地についても諸説ある明智光秀さん。
今回はこの光秀が生まれたとされている土地を
5か所巡っていこうと思います。
そうなんです、
5か所も生誕地と言われてる場所があるんですね。
私が知らないだけで他にもあるのかもしれません。

どの地にも伝承があったりするので
今後の旅行地の候補として入れてみるのも
いいんじゃないでしょうか!

2.1.岐阜県可児市

まずはこちら、岐阜県可児市です。

akechimitsuhide.com

この可児市東部
かつて明智荘(あけちのしょう)と呼ばれた荘園が拡がっていて、
この荘園が明智姓の由来とも言われているようです。

そして可児市には
明智光秀が生まれた時の産湯に使った
と言われている井戸があったり
生まれてから斎藤義龍の軍勢に攻められて落城するまで
過ごしたと言われている明智城の跡や、
毎年6月に「光秀供養祭」が催されている
明智一族と関わりの深い天龍寺があったりします。
天龍寺には歴代の明智氏のお墓や
明智光秀の位牌もあるみたいです。

こちらに明智荘散策マップもあるので
観光時に巡るルートを事前に考えられるのもいいですね!

akechimitsuhide.com

そして2020年1月11日(土)からは
花フェスタ記念公園に大河ドラマ館がオープン予定だそうです。

akechimitsuhide.com

花フェスタ記念公園では大河ドラマ館オープンと同時に
明智光秀博覧会 2020 in可児市も開催して
光秀の生涯を紹介するブースや
チャンバラ合戦や
甲冑の着付け体験もできたり
戦国時代を実体験できちゃうようなイベントも盛沢山のようです。
個人的にはVR体感ゲーム「戦国、力だめし! VS 明智光秀
っていうのが気になるところです。
これは自分でも体感できるのか、
あるいは可児才蔵なりきりさんだけが
見世物としてやるのか、どっちなんでしょうね(笑)
可児市可児才蔵の出身地でもあります。

tsukumogatari.hatenablog.com

 さらに可児市には山城跡がたくさん!

akechimitsuhide.com

光秀ゆかりの明智城を始めとして
織田家が美濃を治めるようになってからは
森可成やその子・長可、蘭丸、忠政らが居城した金山城など
10の山城跡があるそうです。
お城好きの方は光秀生誕の地を巡るついでに
山城を攻略するのも楽しそう!

2.2.岐阜県大垣市

岐阜県大垣市上石津多良地区にあったと言われている多羅城
明智光秀が生まれたとされている土地の一つです。

www.ogakikanko.jp

こちらの大垣市の観光ポータルサイトにも書いてあるように
多羅城を当時治めていた山岸(進士)信周の子として生まれたのが
明智光秀であり、
母の兄である明智光綱に子がいなかったため
養子として迎えられて明智城へ移り住んだという説があるようです。
この明智氏養子説以外にも、
明智光隆と妻との間の子として多羅城で生まれた
ていう説もあるみたいですね。
ちなみに、多羅城自体がどこにあったのかっていうのも
特定はされていないみたい。

明智光秀関連のイベントが催されるのかどうかは
観光ポータルサイト
さらっと見た感じではわかりませんでしたが
大垣市には大垣城もあるし
松尾芭蕉奥の細道むすびの地としても有名ですし
明智光秀生誕地を巡るついでに
大垣市の歴史を堪能するのも楽しいんじゃないかと思います!

2.3.岐阜県恵那市

日本大正村のある岐阜県恵那市明智町
町名からも察することができると思いますが
明智光秀の生誕地と言われている一つです。

nihon-taishomura.or.jp

明智町にも
明智光秀産湯の井戸があったり、
光秀が学問を学んだと言われる天神神社があったり
龍護寺には明智光秀の供養塔もあったりしますね。
光秀の母、牧の墓所もこちらに。

遠山家の菩提寺明智光秀の供養塔があるのは
なんでなんだろうと思ったりもしますが
この地を治めていたのは明知遠山氏なんですが
明知遠山氏の家督明智光秀の叔父である明智光安が継いだ
ていう説もあるみたいです。
だとすれば光秀の母の供養塔があったりするのも
ちょっと納得できるような気も?

日本大正村は野外博物館としてご存知の方も
多いのではないでしょうか。
明智光秀にまつわる史跡を堪能できる歴訪コースもありますが

nihon-taishomura.or.jp

大正時代の雰囲気を味わえるような散策コースもあったりします。

nihon-taishomura.or.jp

明智光秀出生の地を触れるも好し、
日常とはちょっとかけ離れた雰囲気の中で
気分転換をするのも好しって感じですね!

2.4.岐阜県山県市

岐阜県山県市には、
やっぱりここにも明智光秀産湯の井戸跡があります。

www.city.yamagata.gifu.jp

また明智光秀の母が

「生まれる子が男の子なら、
3日でよいから天下を取るような立派な男の子を授けてください」

引用:伝 明智光秀の墓「桔梗塚」[平成31年2月]/平成30年度/山県市

と祈ったと言われている「行徳岩」があります。
「3日でよいから」っていうのが
後付け感が有るような無いような気もしますが(笑)

また、白山神社に隣接する林の中にある桔梗塚
明智光秀の墓と言われているそうです。
明智光秀山崎の戦いの後に落ち武者狩りにあって
殺されたっていうのがよく知られている説ですよね。

この桔梗塚にまつわる伝承では
死んだのは影武者の荒木山城守行信で、
光秀は名を荒深小五郎と改めてその後も生きていたのだとか。
姓の「荒深」は影武者となった荒木山城守に対する
恩の深さをあらわしているのだそうです。

関ヶ原の合戦では徳川家康に味方をしようと従軍したようですが
藪川(今の根尾川を馬で越えようとしたところ
洪水に巻き込まれて溺死してしまったのだとか。
そして光秀の従者たちが、
遺品を持ち帰って桔梗塚を建てた
と伝わっているんだそうですよ。

山県市では歴史観光スポットを訪れる際に愉しめるようにと
武士風のお面を作って配布しています。

www.city.yamagata.gifu.jp

市役所や観光施設などで配布しているみたいなので
こちらの地を訪れた際には
このお面をかぶって
インスタ映えする写真を撮りまくるのがお勧めです!

さらに山県市観光協会とのタイアップ企画もやってるみたいで
山県市の観光スポットでとった写真を
山県市観光協会instagramアカウント
「@gifuyamagata.kankou」をフォローした上で
ハッシュタグ「#IamMITSUHIDE」をつけて投稿すると
抽選で10名に土産物などの詰め合わせがもらえるみたいです。
期限は令和2年2月29日までに投稿ってことらしいので
今後岐阜県山県市を訪れた方は
お面をもらって写真をとって
インスタへ投稿するのを忘れずに!(笑)

2.5.滋賀県犬上郡多賀町

明智光秀といえば出生説はいろいろあっても
美濃出身説がほとんどだと思うんですが
近江出身説っていうのがあるのもご存知ですか?
滋賀県犬上郡多賀町には光秀の生家と口伝されてきた
「十兵衛屋敷」の跡地があるんです。

akechi.taga-kankou.com

近江国の歴史を記した「淡海温故録」という書が
江戸時代前半に成立しています。
この書の中に
美濃出身の明智光秀の先祖(祖父か曾祖父ぐらい?)が
美濃の土岐氏に背いて牢人した後
近江の六角氏を頼って現在の多賀町佐目に移り住んできた
そしてその後同地で生まれたのが明智光秀
ていうような記述があるんだそうです。

場所は違えど美濃出身っていうのは崩れそうになかった
明智光秀の出生地が
近江説で脅かされています
ていうのは流石に言い過ぎでしょうか(笑)

でもこれちょっと面白いですよね。

明智光秀本能寺の変を起こした後に
光秀に味方をした近江の国人衆たちとの繋がりなんかも
詳しく調べたら新しい発見とかあるのかもしれません。

麒麟がくる」で明智光秀が主人公となったのを皮切りに
多賀町出身説が盛り上がって
観光地としても整備され始めているっぽいので
明智光秀のルーツに興味のある方は是非訪れましょう!

3.まとめ

今回は明智光秀の出生の謎をかいつまんで紹介しながら
明智光秀出生の地と言われている
5か所を紹介しました。
ちなみに
私は各地の観光協会に関わりのある人間ではなく
お金も頂いておりませんので
この記事はステマでもありません(笑)
2019年1月19日から始まるNHK大河ドラマ麒麟がくる
心待ちにしているただの戦国武将ファンであることを
念のため主張しておきます(笑)

それとさらに「麒麟がくる」を楽しむために
こちらの書籍もおススメですので
ご興味のある方は是非とも。

NHK出版 NHK出版 2019年11月30日
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 では最後に宣伝をして〆ます。

普段は歴史人物の記事を主戦場としつつ
15分で文章をまとめる15分ライティング
そしてブログ運営Amazon関係の記事も書いたりしているので
こちらのカテゴリーの記事もご覧頂けますと幸いです。

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では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!