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主家滅亡を何度経験した山崎吉家の甥、山崎長徳の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

主家滅亡を何度経験した山崎吉家の甥、山崎長徳の生涯と魅力 - 大河ドラマや信長の野望で知る戦国武将

山崎長徳(やまざき ながのり)は、越前出身の戦国武将です。

朝倉氏をはじめとし、仕えた主家が次々と滅亡する憂き目にあいながらも、その都度新たな主君を見出し、最後には1万石を超える大身となりました。

ゲームの「信長の野望」シリーズでも必ず登場しますが、その経歴を知ったほうが、戦国時代を駆け抜けた一人の武将としてイメージしやすいでしょう。

そこで本記事では、大河ドラマやゲームの「信長の野望」シリーズの話も交えながら、山崎長徳の生涯や魅力を解説します。

山崎長徳の出自・功績・逸話

山崎長徳は、朝倉義景から前田利長まで複数の主君に仕えた武将です。

名前(読み方) 山崎長徳(やまざき ながのり)
別名/渾名/二つ名 小七郎(幼名)、庄兵衛(通称)、長鏡、閑斎(号)、長門守(官位)
生年 天文21年(1552年)
没年 元和6年11月11日(1620年12月4日)
山崎吉延(朝倉家宿老・山崎吉家の弟とも)
不詳
兄弟姉妹 不詳
不詳
長国、長郷、光式、娘(奥村栄明室)、娘(青山長正室)、
養子:長鏡

以降では、山崎長徳の生涯や功績を詳しく見ていきましょう。

出自

山崎長徳は、天文21年(1552年)に越前国で生まれました。

山崎氏の出自には諸説あり、越前国に官吏として赴任した藤原氏の末裔とする説や、村上源氏赤松氏流の末裔とする説があります。

父は山崎吉延と伝わりますが、詳しいことはわかっていません。

この場合、朝倉家の宿老だった山崎吉家は伯父にあたります。

越前朝倉氏の本拠地・一乗谷で幼少期を過ごし、成長後に朝倉義景に仕えることになります。

家族や親類

山崎長徳の妻については記録が残っていませんが、複数の子女がいたことが分かっています。

息子には長国、長郷、光式がいて、娘は奥村栄明と青山長正にそれぞれ嫁いでいます。

息子の長郷は、前田利長の養女を妻に迎えています。

この養女は前田利家の娘・豪姫の娘で、理松院(貞姫・佐保姫)と呼ばれた女性でした。

この他に養子として長鏡もいました。

山崎家からは、大聖寺藩士山崎権丞家、山崎図書家などの分家が生まれました。

娘が嫁いだ青山吉次・青山長正家も含め、山崎一族は加賀藩の重臣として代々続いています。

幕末期に加賀藩家老となった山崎範古は、元は分家の山崎権丞家ですが、本家を継いでいます。

内政や合戦での功績

朝倉義景に仕えていた長徳でしたが、天正元年(1573年)に織田信長によって朝倉氏が滅亡します。

その後は明智光秀の配下となり、700石を与えられ、天正10年(1582年)の本能寺の変では二条御所の攻撃に参加しました。

続く山崎の戦いにも従軍しましたが、光秀はご存じの通り敗死。

今度は越前を治めていた柴田勝家に仕えます。

天正11年(1583年)の賤ヶ岳の戦いでは佐久間安政の配下で旗奉行を務め、撤退時には殿を務めるなど活躍しました。

しかし柴田勝家も羽柴秀吉に敗れて自害……。

長徳は前田利家・利長父子に仕えることになります。

天正13年(1585年)の富山の役では、鳥越峠をよく攻めたてたと伝わります。

そのほか前田家では、末森城の戦い、九州征伐、小田原征伐などに従軍し、次第に重用されていきました。

特に、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは、大聖寺城攻めで山口宗永・修弘親子を討ち取る功績を挙げ、戦後に1万4千石の所領を与えられました。

しかし、前田家中では家臣団の対立という新たな問題が生じていました。

尾張以来の家臣を中心とする太田長知派と、能登・加賀時代からの家臣を中心とする横山長知派が激しく対立していたのです。

長徳は横山派の一員として、この争いに巻き込まれることになります。

利長は前年に19か条の定書を制定し、家中の引き締めを図りましたが効果がなく……。

慶長7年(1602年)、ついに強硬手段に出ました。

横山長知と山崎長徳に命じて、金沢城内で太田長知を暗殺させたのです。

この時点でも、山崎長徳は主君からの信頼を得ていたことがわかります。

晩年と最期

慶長16年(1611年)、長徳は隠居して閑斎と号しました。

しかし隠居した後も、慶長19年(1614年)からの大坂の陣では、冬・夏のいずれにも参戦しています。

この大坂の陣が始まる直前、長徳の身に危険が迫る事件があったと伝わります。

長徳が養っていた親戚の男をわけあって勘当したところ(何かしらのミスをしでかしたらしい)、その男が恨みを抱いたのです。

ある夜、長徳が客を送って玄関まで行くと、その男がいきなり斬りかかってきたのです。

長徳は顔に傷を負いながらも、片手に手燭を持った状態でその男を斬り伏せたそうです。

後日、主君の前田利常に傷跡を見せ、「しおらしい顔になりました」と挨拶したのだとか。

「信長の野望」シリーズでは伝わらない、武辺者としてのエピソード!

そして冬の陣でもエピソードがあるんです。

前田利常が真田丸の銃撃を受ける危険な場所に陣取った際、風邪を理由に場所を移すよう進言したのだとか。

若さで血気溢れる主君のプライドを損ねることなく、安全地帯に陣を移す。

意外に機転も利く武将だったのでしょうか。

やはり山崎吉家の甥は伊達じゃない!?

そんな山崎長徳が亡くなったのは、大坂の陣から6年後の元和6年11月11日(1620年12月4日)

69歳でした。

長徳は槍術に優れた武将だったと伝わります。
※「信長の野望」シリーズではそんな感じでもないような!?

押さえておきたいエピソード

山崎長徳にまつわる逸話は、以下を押さえておくといいでしょう。

  • 朝倉義景、明智光秀、柴田勝家と仕えた主家が次々と滅亡する中で生き延びた
  • 関ヶ原の戦いの前哨戦で、わずか500の兵で守る大聖寺城を2万の前田軍で攻略した
  • 慶長7年(1602年)、前田家中の派閥対立解決のため、前田利長の命により、金沢城内で対立派の太田長知を暗殺した
  • 大坂の陣直前、勘当した親戚の男に襲われたが、60代後半の高齢にもかかわらず、片手に手燭を持ったまま斬り伏せた
  • 大坂冬の陣でのこと。主君・前田利常が、真田丸の銃撃を受ける危険な場所に陣取った際、風邪を理由に巧みに場所を移すよう進言。若い主君の面子を保ちながら安全を確保した
  • 槍術の達人だったらしい

ほかにも興味深いエピソードがあれば教えていただきたくっ!

信長の野望シリーズでの山崎長徳

信長の野望」シリーズといえば、戦国時代のシミュレーションゲームでおなじみです。

ここでは、「信長の野望」シリーズのなかでもおすすめのタイトルで、山崎長徳の能力がどのように設定されているのかを見ていきましょう。

タイトル別能力

山崎長徳の各タイトルでの能力値は以下で設定されています。

タイトル 政治 知略 武勇 統率
信長の野望・創造PK 35 38 47 42
信長の野望・創造 戦国立志伝 35 38 47 42
信長の野望・大志 36 41 46 42
信長の野望・新生 30 34 39 35

タイトルごとの所持戦法や特性は以下のとおりです。

タイトル 戦法 特性・個性 奉行特性
信長の野望・創造PK 釣瓶撃ち
  • (初期特性なし)
- -
信長の野望・創造 戦国立志伝 釣瓶撃ち
  • (初期特性なし)
- -
信長の野望・大志 臨戦
補佐:万全
  • 士気向上
領地保全 -
信長の野望・新生 早駆
  • 牢固
- 旗奉行
(母衣衆結成)

ゲーム内で向いている役割

信長の野望」シリーズでは、なんとどのステータスも50に届いていません!

信長の野望 新生の山崎長徳

時には勇猛、時には機転を利かす、軍事に長けた武将ではないのか!?

しかも、「信長の野望・創造PK」や「信長の野望・創造 戦国立志伝」では戦法が釣瓶撃ち。

槍術の達人ではないのか!?

とりあえず設定上こうなっているのだから、仕方ありません。

困ったことに、このレベルのステータスだと、非常に使いづらい……。

特筆すべき特性や個性が設定されているわけでもないし……。

どちらかといえば、武勇・統率寄りなので、家臣が少ない状況では部隊長とかにするかどうか。

知略が低いと敵国からの謀略に弱いので、城主にするのはちょっときびしい。

たとえば朝倉義景の家臣として登場するシナリオなら、山崎吉家の補佐につけ、朝倉宗滴直伝の兵法を教えてもらいましょう!(という設定で楽しむ)

信長の野望・創造 戦国立志伝」なら、特性を他の武将から学べたり、勲功を稼ぐ過程で能力値も伸びたりするので、成長過程を楽しめます。

ただし、山崎長徳が登場する1567年は、主家の朝倉氏がハッキリいって弱いです。

早めに城主になって朝倉領拡大を手伝わないと、上杉もしくは織田に潰されかねないので注意しましょう。

山崎長徳プレイにおすすめのタイトル

山崎長徳プレイにおすすめの「信長の野望」シリーズは、以下4つのタイトルです。

それぞれでおすすめポイントが異なるので、プレイスタイルに合うものを選びましょう!

タイトル おすすめポイント
信長の野望・創造PK
  • 内政と軍事、どちらもほどよく楽しめる
  • 複雑すぎないゲームシステムで遊びやすい
  • 築城で支城を作れば戦略の幅が広がり、より楽しくなる
信長の野望・創造 戦国立志伝
  • 大名プレイのみならず家臣プレイも堪能できる!
  • ゲームシステムは創造PKを踏襲しているので遊びやすい
  • 異次元世界にある領地を発展させるのが楽しい!
    (個人的には、領地の兵力はあまり増やさないほうが楽しめる)
信長の野望・大志
  • 戦国時代のリアルな戦闘の雰囲気を味わえる野戦が楽しい!
  • 「志」システムが大名の個性を引き出している
  • 他国との外交が天下統一への肝になっているところに現実味がある
  • 正室以外に側室も設定できるのがうれしいw
信長の野望・新生
  • 籠城戦はシリーズNo.1の作りこみ!籠城戦楽しい!
  • 大志同様、外交戦略も必要な点にリアルさを感じる
  • コツさえわかれば小国でも乗り切れる(序盤はかなりきつい)
  • 武将ごとに設定された「奉行特性」は、効果の説明を読むだけでワクワクするw

 

山崎長徳プレイでの注意点

信長の野望・創造 戦国立志伝」以外のタイトルの場合、大名プレイをするには以下どちらの方法が必要な点に注意してください。

  • 大名プレイをするには、元々仕えている大名の娘婿になり、大名を隠居して家督を継がせる必要がある
  • 信長の野望・大志」(PK版のみ)や「信長の野望・新生」の場合、ゲーム開始前に大名を変更する。

個人的には、「信長の野望・大志」または「信長の野望・新生」がおすすめです。

戦好きなら野戦がアツい「信長の野望・大志」、籠城戦で大軍を寡兵で退けるのが好きなら「信長の野望・新生」!

 

 

 

山崎長徳が登場する小説・書籍・アニメなど

続いて、各メディア作品で山崎長徳に関するものをピックアップしておきます。

山崎長徳が主人公の作品はありませんが、登場する小説はあります。

興味がある書籍や作品があればぜひ!

登場する小説

  • 酔象の流儀 朝倉盛衰記』 2022年(文庫2023年)著:赤神諒
    山崎吉家を主人公とする朝倉家興亡の物語で、長徳は吉家の弟・吉延の子として登場。刀根坂の戦いは病で参加できず、父から山崎家の行く末を託されます。越前朝倉氏の家臣たちが好きになる小説!

山崎長徳の関連書籍

  • 春風亭昇太と語る一乗谷朝倉氏遺跡』 2025年 編:福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館
    山崎長徳が仕えた朝倉氏の本拠地、一乗谷朝倉氏遺跡の最新研究成果を収録しています。遺跡の名誉お屋形さま・春風亭昇太師匠の語りと博物館学芸員らの裏話で、一乗谷の魅力を分かりやすく紹介した話題の書です
  • 朝倉氏の城郭と合戦』 2020年 著:佐伯哲也
    朝倉氏のお城や合戦を図で解説するシリーズ。縄張り図や遺構写真、地図などの豊富な図版とともに朝倉氏一族と家臣の城郭51城を収録した専門書です。
  • 朝倉氏と戦国村一乗谷』 2023年 著:松原信之
    応仁の乱で活躍して主家から自立し、有力な戦国大名となった越前朝倉氏の実像を史料から解明した研究書です。魚住景固が仕えた朝倉氏をよりくわしく知るならこの一冊がおすすめです。

大河ドラマでの山崎長徳

山崎長徳は、これまでNHK大河ドラマに登場したことはありません。

朝倉義景や明智光秀、柴田勝家、前田利家など、長徳が仕えた主君たちは大河ドラマによく登場します。

しかし、家臣団の一員でしかない長徳が登場するには、ちょっと彼自身のエピソードが物足りないのかも……。

山崎長徳が登場するには、伯父の山崎吉家が主人公になるしかなさそう!?

ゆかりの地:山崎長徳と歴史を感じる場所

山崎長徳のゆかりの地を紹介します。

一乗谷朝倉氏遺跡(福井県福井市)

一乗谷は、山崎長徳が若年期に仕えていた朝倉氏の本拠地です。

福井県福井市城戸ノ内町にあり、朝倉氏5代が居住した大規模な城下町の遺構が残されています。

武家屋敷や町人地、庭園などが復元され、戦国大名の生活を体感できる特別史跡・特別名勝です。

朝倉館跡や義景墓所、復元町並みなど、長徳が活動していた当時の雰囲気を感じられます。

JR越美北線「一乗谷駅」から徒歩約15分、福井駅からバスでもアクセス可能です。

山崎の戦い古戦場(天王山)(京都府乙訓郡大山崎町)

山崎の地は、本能寺の変後、明智光秀方として山崎長徳が参戦した古戦場です。

京都府乙訓郡大山崎町にある天王山を中心に、合戦の舞台が広がっていました。

山道には合戦古戦場碑や記念碑があり、山頂からは京都盆地を一望できます。

光秀軍の一員として戦った長徳は、この地で羽柴秀吉軍と激突しました。

阪急「大山崎駅」またはJR「山崎駅」から、徒歩約1時間で山頂へ登れます。

旧二条城跡(京都府京都市上京区)

二条城は、本能寺の変の際、山崎長徳が明智光秀軍の一員として攻撃に参加した場所。

京都府京都市上京区武衛陣町(現在の平安女学院大学付近)にありました。

織田信長が足利義昭のために築いた城で、信長の嫡男・信忠が籠城して討死した場所でもあります。

現在は市街地化されていますが、石碑と説明板が設置されています。

京都市営地下鉄烏丸線「丸太町駅」から徒歩約5分、または「今出川駅」から徒歩約10分です。

常松寺(石川県金沢市)

常松寺は、山崎長徳が慶長16年(1611年)に、次男・長郷の逝去を悼んで創建した曹洞宗の寺院です。

石川県金沢市野町にあり、山崎家の菩提寺として代々大切にされてきました。

当初は長門町(現・片町)にあった長徳の下邸内に創建され、寛永12年(1635年)に現在地に移転しました。

明治期の火災で伽藍を焼失しましたが、江戸後期の坐禅堂を本堂として現在も法灯を守り続けています。

北陸鉄道石川線「野町駅」から徒歩約5分でアクセス可能です。

なお、山崎家の墓所は野田山の山崎家墓地にあります。

山崎長徳の生涯と功績まとめ

山崎長徳は、越前朝倉氏の家臣として出発し、主家滅亡後も戦国の世を生き抜いた武将です。

明智光秀、柴田勝家と次々と主君を失いながらも、その都度新たな道を見出しました。

最終的に前田家で1万4千石の大身となり、加賀藩の重臣として名を残しています。

槍術の達人としても知られ、関ヶ原の戦いや大坂の陣など、重要な合戦で活躍しました。

「信長の野望」シリーズでは、そんな武辺者の片りんがまったく見えません!!

どうなってるんですか、コーエイテクモゲームスさん!

主家が滅亡しても諦めず、新たな主君の下で実力を発揮し続けた山崎長徳の能力、ちょっと低すぎやしないですか!?

そうはいっても、たぶんこの設定はなかなか変わらない気がします。

だとしても、ゲームで山崎長徳を見かけたら、ぜひ重用してあげてください!!

 

また、ゲーミングPCのサイト「ツクモル?」で「信長の野望 新生」のプレイにおすすめのゲーミングPCを紹介しているので、ゲーミングPCの購入を検討している人は参考にしてみてください。

tsukumos.com

 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

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