麒麟で学ぶ#18 「麒麟がくる」第18話は十兵衛が父・明智光綱から誇り高く生きる道を学ぶ回

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「麒麟がくる」第18話は十兵衛が父・明智光綱から誇り高く生きる道を学ぶ回
NHK大河ドラマ麒麟がくる」で
学ぶシリーズの
麒麟で学ぶ」第18回目です。
今回から越前編がスタート。
越前朝倉氏や朝倉氏と縁ある近衛家
そして近衛家に育てられた伊呂波大夫。
斎藤道三ロス中とはいえ
話がどう展開されていくのかが
とても気になる人物関係です。

そして今回最も注目を浴びるのは
津々木蔵人(つづきくらんど)かもしれません!
今回の学びで津々木蔵人の名を
覚えてもらうことが私の本懐です(笑)
※「麒麟がくる」には名前すら挙がっていませんww

さて本シリーズの前提事項的なものを
毎回0章に記載していますので、
初めて本シリーズの記事を読む方は
さらっと一読していただけると
助かります。
既に読んだことのある方は
読み飛ばして頂いてかまいません。

また前提の一番最初に記載していますが
本シリーズは「麒麟がくる」の
ネタバレを含みます
当日の放送や再放送も見逃して
まだ視聴されていない方は
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオ
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
見逃し分を視聴できます。
こちらで視聴した上で本記事を読まれると
いいかもしれません。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

しかしネタバレ含んでいるけど、
本記事を読んでから視聴すると
少し前提知識が入った上での視聴になるので
それはそれでいいのかもしれませんけどね。

そして「麒麟で学ぶ」の過去分については
こちらからどうぞ。

tsukumogatari.hatenablog.com

では今回のお品書きはこちらになります。

ちなみに2019年12月15日から更新中の
麒麟がくる公式サイト

www.nhk.or.jp

公式Twitter

twitter.com

ブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめるので
まだの方は是非とも。
Instagramもあります。

0.本記事を読むにあたっての前提など

ネタバレ含みます

本シリーズはNHK大河ドラマ麒麟がくる」の
各話を元ネタ
としているため
ネタバレ情報を存分に含んでいますので
その辺は考慮の上お読みください。

記事と「麒麟がくる」の各話の関係

基本的に「麒麟がくる」の
1話に対応して1記事書く予定です。
複数話をまとめた内容の記事を
書く予定はありません。
つまり「麒麟がくる」第1話に対応するのは
麒麟で学ぶ#1」ですし
第10話であれば「麒麟で学ぶ#10」が
対応した記事になります。
もし何らかの事情で対応記事を書けない場合は
その話数と同一の記事ナンバーは
廃番扱いにします。

名前の表記について

例えば斎藤道三斎藤義龍については
伝わりやすさを重視して
本記事内では「麒麟がくる」での名前に
合わせることにします。

斎藤道三 → 斎藤利政
斎藤義龍 → 斎藤高政

ドラマの中で呼び名が変われば
それに合わせて変更しますが
あくまでも第1話と対になる記事であれば
第1話の中での呼び名で統一します。

この呼び名のルールについては
全話通して同様であり
斎藤道三親子以外の
その他の人物についても適用します。

1.「麒麟がくる」第18話「越前へ」からの学び

燃え盛る明智城を見つめる明智十兵衛光秀、母・牧、明智秀満

まずは全体の感想的なものから。
あ、そういえば今回ちょっと迷ったのが
明智光安の扱いです。
明智城の戦いで亡くなってるとは思うんですが
まだ実際に亡くなったってナレで解説ないし
誰かがそういう話をしてるわけでもないから
いろんな思いも込めて
弔う章に入れるのはやめようか
とか悩んだんですが
結局弔う章に入れてしまいました・・・。
ワンチャン生きてる説あるかもしれないので(笑)、
その時は盛大に謝罪して弔う章から取っ払います。

そしてユースケ・サンタマリアさん演じる朝倉義景
どうなんですか?あの髭
あの髭がより面白い感じに仕上げてるような。。。
なんか所々変な顔も作ってたけど(笑)

でも朝倉義景は止め刺しきれなかった
詰めの甘さはあるにしても
織田信長を苦しめた人物の一人であることは
間違いないので
個人的にはなんかもうちょっと
威厳さが欲しい・・・(笑)

まぁでも伊呂波大夫の言葉を鵜呑みにしない辺りは
ただのバカ殿風って感じではなさそうな気も。
金をくれてやろうぞと言って十兵衛に断られた時は
不服に思ったのか、ある意味十兵衛を見直したのか
どっちなのかが気になるところです。

まぁ相変わらず十兵衛は”正直者”でしたが
道三さまが『それでよい』
と草葉の陰で頷いていたことでしょう。

あと途中で帰っちゃった菊丸。
まぁ仕方ないですよね
本来の御役目は
松平元康を護ることなので。
いつまでも駿河から離れてるわけにも
いかないのでしょう。
これでまたしばらく十兵衛と菊丸が会うことは
無いのかなぁと思ったけど
十兵衛も菊丸も神出鬼没なので
きっとすぐに顔を合わせる機会があるのかな。

さて感想的なものははこれぐらいにして本題へ。

ちなみに第18話の公式サイトのトリセツ
こちらです。

www.nhk.or.jp

登場人物の年齢のおさらい

三好長慶と松永久秀を守る明智光秀、三淵藤英、細川藤孝

まずは主な登場人物たちの年齢確認を。
今回は1556年スタートのため
前回から変更無し

追加した人物は赤字にしています。
また前回の話の中で亡くなった
と判明した人物に関しては
こちらの一覧からは削除して
後述の亡くなった人を弔う章に
引き続き掲載する形にしています。

ちなみに生年不明な人とか
年齢設定不明な人以外の生年については
Wikipediaをベースにしています。
あと基本的に全員数え年の年齢です。

■1556年でのみんなの年齢

  • 明智十兵衛光秀 29歳(1528年生)
  • 妻木煕子  不明だけど1530年生まれの説なら27歳。
  • 明智左馬助 21歳(1536年生)
  •      不明。明智光安より下か同じぐらいか?
  • 足利義輝  21歳(1536年生)
  • 三淵藤英  不明。弟・藤孝よりは多分年上
  • 細川藤孝  23歳(1534年生)
  • 貞永久四郎 三淵藤英の家臣。さっぱりわかりませんw
  • 細川晴元  43歳(1514年生)
  • 三好長慶  34歳(1523年生)
  • 松永久秀  49歳(1508年生)
  • 土岐頼芸  55歳(1502年生)
  • 斎藤高政  30歳(1527年生)
  • 帰蝶    22歳(1535年生)
  • 稲葉良通  42歳(1515年生)
  • 長井秀元  不明。稲葉良通ぐらい?
  • 日根野備中守 39歳(1518年生)
  • 藤田伝吾  不明。光秀と年齢近そう
  • 与八    不明。光秀より下?
  • 佐助    不明。光秀より下?
  • 斯波義銀  17歳(1540年生)
  • 織田信広  不明。信長の野望だと1527年生まれの設定なので30歳
  • 織田信長  23歳(1534年生)
  • 佐久間盛重 不明。信長の野望だと1519年生まれの設定なので38歳
  • 柴田勝家  35歳(1522年生)
  • 織田信勝  不明。兄・信長よりは下。信長の野望だと1536年生まれの設定なので21歳
  • 土田御前  不明。信長の野望だと寿命設定の無い特典武将だったりするのでこちらも不明
  • 佐々成政  21歳(1536年生)
  • 前田利家  18歳(1539年生)
  • 藤吉郎   20歳(1537年生)
  • 今川義元  38歳(1519年生)
  • 松平竹千代 14歳(1543年生)
  • 水野信元  不明。於大の方よりは上。信長の野望だと1508年生まれの設定なので49歳
  • 於大の方  29歳(1528年生)
  • 朝倉義景  24歳(1533年生)
  • 望月東庵  不明。斎藤利政や平手政秀ぐらい?
  •      24歳(確か初登場時で15歳の設定)
  • 菊丸    不明。光秀と同じぐらい?
  • 伊平次   不明。光秀よりは年下か?
  • 伊呂波大夫 不明。光秀と年齢は近いか?

1.1.美濃脱出からの学び

十兵衛たちの逃亡ルート

明智荘から越前一乗谷への道のり

元々越前朝倉氏の下へ逃げることは
越前編がスタートする話があった時点で
わかっていたこと。
となると当然逃亡ルートは
「北」しかなかったわけですが
それでもどうやって北に絞られるか
というのは気になるところではありました。

やはり高政はいち早く尾張に関を設けて
尾張、すなわち帰蝶さまルートを
潰しにかかっていました。
これを教えてくれたのが
駿河からやってきた駒と菊丸ていうのが
なるほどな、と。
こうやってストーリーを繋げていくんだなと
ある意味勉強になりました。

ここで明智城やその他のお城の位置関係を
確認してみましょう。

明智城と関係するお城の位置関係

※ちなみに位置はだいたいこの辺程度なので精緻ではありませぬw
やはりどう考えても尾張に逃げるのが
距離も近いし楽に見えますよね。
しかしこのルートは高政によって封鎖。
西から近江方面へ抜けて
仲良しの細川藤孝くんたちがいる
京へいくルートも考えられますが
西は稲葉良通を始めとして西美濃三人衆が
やすやすと通してはくれないでしょう。
西美濃三人衆の一人、安藤守就の居城・北方城も
稲葉山城と曽根城の中間ぐらいにありますしね。

だったら東を抜けて信濃へいくのは?
当時信濃を治めていたのは武田晴信(信玄)です。
武田晴信といえば父を追放して家督を無理やり継いだ
当時でいえば親不孝者です。
やってることは高政と大して変わらないので
選択肢に入れなかったんでしょうか(笑)

それはわかりませんが、この頃は
武田氏が信濃を領国化して
東農へもその勢力をちょうど伸ばしていた時期。
遠山氏が武田氏へ鞍替えしていたとすれば
美濃の厄介事には巻き込まれたくないかもなので
十兵衛たちを捕まえて
あっさり高政に引き渡したかもしれません。
そういう意味でも逃げ切る可能性は
低いかもしれませんね。

北の飛騨方面へ抜けるルートも
考えられるかもだけど
流石にこっちは越前いくよりも距離があって
追手に捕まる方が速そうです。
とか考えるていると京に並ぶほど豊かな国
越前へのルートが確保できていたことは
出来過ぎぐらい。
伊呂波大夫にには
大きな大きな貸しを作ってしまったなぁ(笑)

高政は明智家を本気で追い込む気あった?

逃げる明智十兵衛光秀たちを探し回る斎藤高政の手の者たち

私が高政で、十兵衛並びに明智家中の者を
全て捕らえるつもりならば
わざと抜け道を作って
その抜け道を通ったと所で捕縛する
という作戦を取るでしょう。
絶対に捕らえる気なら
それぐらいの罠は仕掛けるかなと。

でも高政はそこまでの考えはなかったのか
手が回らなかったのか
伊呂波大夫の用意した越前逃亡ルートで
アッサリと美濃を抜けられてしまいます。
高政はどの程度本気で
十兵衛を潰しにかかっていたんでしょうか?

私の個人的な見解としては
高政は同じ学び舎で学んだ
友としての情が捨てきれなかったのでは
ということにしておきたいです(笑)

尾張へ逃がして織田信長帰蝶さまと
手を組まれると厄介だけど
越前の朝倉氏のところであれば
自分の治世に邪魔になることもないだろう
ということで、実はわざと抜ける道を
開けておいたのかもしれません。

逆に尾張へ逃げようとしたら
意地でも殺しにかかった可能性も有り・・・。
※過分に個人的妄想が入っているのでその辺はご容赦をw

それにしても十兵衛が最初に尾張へ逃げる
と言った時は、
十兵衛の行く末がとても心配になりました(笑)
駒と菊丸に感謝した方がいいぞ、十兵衛(笑)

大きな手の人は十兵衛の父・明智光綱

駒の命の恩人は明智十兵衛光秀の父・明智光綱だった

もう視聴者の誰もがわかっていたけど
駒の命の恩人が誰なのか
遂に正解が出ましたね。
やはり大きな手の人
十兵衛の父・明智光綱でした。

tsukumogatari.hatenablog.com

以前、駒が美濃に滞在していた時に
何故正解がでなかったのかが謎ですが(笑)

明智光綱は全く史料が残っていないの
実際どういう人だったかはわかりませんが
麒麟がくる」では
誰よりも麒麟がくることを待ち望んでいた
誇り高き武士
であったことが伺えますね。
たまに出てくる十兵衛の話す父からの教えからも
十兵衛同様に真面目で正直な人であったのでしょう。

さて、仁政をもたらす者の下に訪れる
麒麟の話と言えば十兵衛の父・光綱以外にも
語っていた人がいました。
それは将軍・足利義輝の父、足利義晴です。

この義晴と光綱も
実は繋がりが何かしらあったのでは
と勝手に想像しています。

麒麟がくる話を当時の将軍・足利義晴から
明智光綱が聞いたのではないか、と。

それと、駒を旅芸人の一座に預けたのも
明智光綱で何気に伊呂波大夫との接点も。
光綱が名を名乗って預けたわけではなさそうですが
もしかして旅芸人の一座に預けたのは
近衛家繋がりか?
とも思ったりしました。
足利義晴足利義輝
近衛家から正室を迎えているので
繋がりは深いし
伊呂波大夫は近衛家に育てられた設定ですしね。

それが十兵衛と近衛家の関係性にも
今後繋がってくる可能性はあるのではないかと
予測していますが、如何に。

1.2.逃亡先、越前からの学び

越前の朝倉家とは

京に並ぶ繁栄を見せる越前一乗谷

伊呂波大夫の手引きで
十兵衛たち一行が辿り着いた先は
朝倉義景が治める越前、一乗谷

朝倉氏は元は守護・斯波氏に仕えた被官
斯波氏といえば「麒麟がくる」では尾張の守護。
しかし元は越前、尾張遠江を任せられ
かつ、細川氏や畠山氏と交代で管領に任ぜられる
室町幕府下では有力な守護大名だったんですね。

その斯波氏の下、徐々に力をつけてきた朝倉氏は
応仁の乱を契機に越前守護代であった
甲斐氏と争い、その戦いに勝って守護代に就任。
越前の事実上の支配者となります。

当時の朝倉氏7代目当主が朝倉孝景
そしてその3代後の10代目当主も朝倉孝景
10代目の孝景は朝倉義景の父ですが
名前が被るので
法名から7代目当主を”英林孝景”
10代目当主を”宗淳孝景”と呼ぶそうです。

朝倉義景の父・孝景の代には
一乗谷は京の都と見まがうような繁栄ぶりを見せていて
多くの文化人や公家が越前を訪れていました。

戦国時代当時としては平穏な土地でもあったし
朝廷にも幕府にも繋がりの深かった朝倉氏を頼る人も
多かったそうです。

例えば、美濃守護・土岐頼武が弟の頼芸との家督争いで
敗れた際にも、越前の朝倉孝景を頼って亡命しています。

そして朝倉孝景を軍事・外交面で多大な貢献をしてきた
朝倉一族の朝倉宗滴は、朝倉義景の代も含めて
朝倉宗家3代の当主を補佐してきました。

tsukumogatari.hatenablog.com

朝倉宗滴は、長良川の戦いの前年に亡くなっているので
十兵衛と出会う機会がなかったのが残念。
朝倉孝景はというと、それよりも前の天文17年(1548年)、
麒麟がくる」だとちょうど第4話の冒頭にあった
小豆坂の戦いがあった頃に亡くなっています。

この頃、当時16歳の息子の朝倉義景
家督を継いでいます。

信長の野望・創造 戦国立志伝における朝倉義景
麒麟がくる」では
ユースケ・サンタマリアさんが
朝倉義景を演じていますね。

父の代で栄華を極めた一乗谷ですが
引き継いだ朝倉義景も父同様に
多くの文化人を招いたり
自身も多くの文化・芸能に興じていたようです。
安楽の地・一乗谷が居心地よすぎて
平和ボケしてないかは心配です(笑)

でも小笠原弓術に達者だった面もありますし
織田信長を二度窮地に陥れてますし
案外侮れないのが朝倉義景なのです。
その辺はもう少し後の話ですね。

十兵衛が訪れたころの越前は
他国の無用な争いごとに巻き込まれることはなく
朝倉義景自身は聖人君子と褒め称えられるほど
治世が安定していたと言われています。
※加賀の一向一揆には長年悩まされていましたが。
そういう意味ではちょうどいい時期に
十兵衛は越前を訪れたのかもしれません。

朝倉義景近衛家

ユースケ・サンタマリアさん演じる朝倉義景

朝倉義景が言っていた近衛の姫とは
朝倉義景正室であり
摂関家である近衛稙家の娘のこと。
朝倉義景には細川晴元の娘
正室として最初に嫁いでいたそうですが
女児を出産した後に亡くなってしまい
その後継室として、近衛家から娘を迎えます。

しかし「麒麟がくる」でも話があったように
朝倉義景近衛稙家の娘の間には
子供が生まれることはありませんでした。
そのため稙家の娘は離縁されて
実家に送り返されたそうです。
当時は後継ぎが出来るかどうかが
お家のためには最重要事項だったので
致し方ないところでしょうね。

とはいえ最初の正室
当時権力を持っていた細川晴元の娘だし
次の継室は摂関家として名高い近衛家の娘だし
この朝倉家との中央政界との結びつきの強さは
朝倉氏がそれだけ幕府や公家たちから
信頼が厚く頼りにされていたことを
示していますよね。
織田信長が後々ライバル視するのも
わかる気がします。

近衛家に所縁のある伊呂波大夫

近衛家に育てられたという伊呂波大夫

近衛の姫と何やら親密そうな伊呂波大夫。
セリフの中でポロポロその理由を
明らかにしていましたが
伊呂波大夫は幼い頃に近衛家に拾われて
一時期育てられていた
という設定です。

この設定は言うなれば『望月東庵先生が名医』
という設定と動揺に融通の利く設定です(笑)

伊呂波大夫の謎の人脈の広さ
近衛家繋がりで全て解消されてしまうのかも。
全国渡り歩いている旅芸人だから顔が広い
だと、理由付けとしては
ちょっと薄いかなと。

しかもどうやら近衛家嫡男の近衛前久とは
兄妹のように育ったことになっています。
近衛前久上杉謙信と仲良しだったり
織田信長とも親交を深めたり
超アクティブな公家として有名
この時代の公家としては見逃せない筆頭株です。
ここに十兵衛がどう絡んでくるのか。
麒麟がくる」の十兵衛は誰にでもすぐに
懐かれてしまうところがあるので
近衛前久とも親密な関係になっていく?

ただ、近衛前久織田信長推しになります。
それは本能寺の変で信長が倒れると落胆して
出家してしまった程。
その辺も踏まえて考えると
織田信長近衛前久、十兵衛の三者
どのような関係を築ていくのか注目したいところです。
※ちなみに本能寺の変の原因説には一応、近衛前久黒幕説もあります。

父の教え・沈んだ時にどう生きるか

明智十兵衛光秀の父・明智光綱の形見の数珠

十兵衛の父の教え、
度々十兵衛が語ったりしますよね。

特に印象的なのは三好長慶松永久秀暗殺計画を
三淵藤英に報せにいった時でしょうか。
公方様がどうあるべきかについて
父からの教えを元に熱く語っていまいた。

今回は美濃を追われ土地も領民も
全て失い無力さを痛感している十兵衛に対して
母・牧が父の言葉を十兵衛に投げかけていました。

『人には浮き沈みがある。
武士には勝ち負けがある。
沈んだ時にどう生きるか
負けた時にどう耐えるか。
その時そのものの値打ちが決まる』

その言葉を聞いて十兵衛も
父からの言葉を思い出します。

『馬は誇り高きいきものぞ。
勝っても負けても己の力の限りに走る。
遠くへ。
それが己の役目と知っておるのじゃ。
我らもそうでありたい。
誇り高く。
誇り高く・・・。』

大事なことだから二度行ってます(笑)

でもこの言葉は私たちもそうでありたい
と思う言葉ですよね。

人には必ず浮き沈みがあるっていうのは
本当にそうだろうと思います。
みんなそれぞれにきっとあると思います。
調子がいい時はその時のノリで何でもできるけど
暗い井戸の底にでも落ちてしまったような時に
そこからどう這い上がろうとするか
そのまま井戸の底で朽ち果てることを選ぶか
その選択によって人のその後の生き方は
大きく変わってしまうのだろうと思います。

私にも沈んだ時期がもちろんあって
恐らく一番沈んでいた時期は
中学・高校の頃です。

私は中学生の時、野球部に所属していて
ポジションはピッチャーでした。
当時、同級生にライバルのエースがいて
根本的に負けず嫌いな私はライバルに勝つ為に
毎日毎日必死に投げ込みをしました。
しかし体がまだ十分にできていない時期に
無用に投げすぎたこと
そして違和感があっても
そのまま投げ続けた結果
肩そして肘を壊してしまい
元のように投げれなくなってしまったんです。

体って痛みがなくなっても
痛みを覚えているんですよね。
無意識に痛まない投げ方をするから
フォームは崩すし強いボール投げれないし。

もうダメだと諦めてしまった私は
次第に野球部に顔を出さなくなり
結局退部という形をとることにしました。
監督やチームのメンバーからは
まだ取り戻せるから頑張れって
何度も励まされたんですが
完全にやる気を失っていた私は
もはや誰の励ましも耳には入ってこず
一人の世界に落ち込んでいましたね。
ダークサイドに落ちていたんだと思います(笑)

そこまで落ちた理由は
他にも要因があるんですが
自分だけ世の中にポツンと一人
取り残されてしまったような感覚は
今でも忘れられない怖い感覚です。

実はそこから這い上がるまで
2年ぐらいかかってるんですけど(笑)
高校時代前半は
本当に無気力で覇気のない人間でした。
私がまた光を求めるようになれたのは
間違いなく高校時代の
数少ない友人たちのおかげです。
正直、こんな覇気のなかった人間に
よく声かけてきたなぁと思うんですが(笑)

元のように投げれなくなった時に
もうダメだと思い込まないで
前向きに頑張ることが出来ていたら
また違った未来が開けていたんでしょうね。
野球を止めずにそのまま野球に関わることや
スポーツに関係する仕事をしていたかも。

その方が今より良かったのかどうかは
正直比べようがないのでわかりませんが
やさぐれっぱなしのまま終わらず
誇りを取り戻して前向きになれたことは
その後の私の判断や決断に良い意味で
大きな影響を与えてくれていることは確かです。
もちろん自分を引き上げてくれた友人たちには
感謝しっぱなしで
心の中では頭が上がりません(笑)

この記事を読んでる人の中に
もしも今、何もかも失ってもうダメだお終いだ
みたいな状況に陥ってる人がいたとしたら
まずは自分自身への誇りを取り戻してほしい。

その方法は人によって異なるかもだし
正直私自身もどうやって取り戻せたかは
よくわかってないので
他人さまに教えることは出来ません。

でも何もしないでいたら
本当に何も変わらないので
とにかく足掻いてみることが大事なんだろうと。

今自分が出来ることが何かを考えて
行動に移すことが
何かの結果に繋がるはずです。

この世の理は因果応報
好い事にしても悪いことにしても
原因があるから結果があるわけで
原因がないと結果は生まれませんからね。

1.3.織田信勝謀叛からの学び

織田信長の弟・信勝の謀叛

織田信長の弟、織田信勝に謀叛の疑い有り。

信長の野望・創造 戦国立志伝における織田信勝

それを信長に報せたのは
織田信勝重臣柴田勝家でした。

信長の野望・創造 戦国立志伝における柴田勝家

今回の柴田勝家ちょっとイケメンすぎる
ていうのは置いておいて(笑)、
織田信勝は謀叛を既に一度起こしています。
それは「麒麟がくる」でも語られていましたね。

一度目の謀叛を起こした際は
稲生の戦いで散々に信長に打ちのめされるわけですが
母・土田御前の願いもあって
兄・信長は信勝を許しました。

一度目の信勝の謀叛を唆したのが
元々信長の家督相続に不満を持っていた
佐渡守秀貞とその弟・林美作守通具。

信長の野望・創造 戦国立志伝における林秀貞

信長の野望だと弟の美作守は多分登場したことがありません。

佐渡守といえば信長の父・信秀が
信長の一番家老として付けたんですけど
信長の素行の悪さやうつけぶりに
手を焼いていた風が
信長公記」でも記されています。

そいうこともあって品のいい織田信勝
織田弾正忠家の当主にしようとしたわけです。

信勝付きであった柴田勝家もそれに呼応して
戦の折には千の兵を率いています。

林勢が700人ほどで織田信勝の軍勢はおよそ1700。
一方の信長軍は700を超えていなかったそうです。
※この辺はあくまでも「信長公記」に記載の兵数です。

織田信長軍の倍を超える兵力があったにも関わらず
織田信勝勢は敗れてしまいます。
この戦いの敗北によって林佐渡守も信長の実力を
認めたからか、謀叛を許した信長の寛容さに
心を打たれたからなのか
以後は、信長の筆頭家老として内外での中心的役割を
果たすんですけども・・・・。

さて、もう一人の信勝方の重要人物・柴田勝家
こちらは二度目の信勝謀叛の疑いを信長に報せる
という主君を裏切る行為をしたわけですが
信長公記」だと柴田勝家が裏切った理由が
ちょこっと書かれているのです。

どのように書かれているかというと・・・

織田信勝の男色相手に
津々木蔵人(つづきくらんど)
という武将がいました。

この津々木蔵人は柴田勝家と並んで
大将に選ばれるほどの武勇の持ち主で
家中で評判の良い武士たちは
津々木蔵人の配下にされたそうです。
信勝お気に入りですしね。

津々木蔵人も柴田勝家
互いにライバル視していたのでしょう。
津々木蔵人は信勝に気に入られ
良い配下も沢山つけてもらって
勝ち誇っていました。
そしてそのうち柴田勝家のことを
蔑ろにするようになったそうです。

それを無念に思った柴田勝家
また信勝が謀叛を企んでいることを
織田信長に告げ口したというのです。

麒麟がくる」では織田信勝
斎藤高政や今川義元とも組んで
尾張を混乱に陥れようとしていることに
憤りを感じたっぽい風でしたけど
実は、信勝に気に入られず
津々木蔵人に負けたから
悔しさの腹いせに謀叛をばらしたのです(笑)
信じるか信じないかはアナタ次第(笑)

信長は信勝を許したかもしれない

織田信長の病状伺いにきた弟・織田信勝だったが・・・

織田信勝が知り合いの行者から譲り受けたという
美濃の白山の霊験あらたかな湧き水。
美濃からっていう時点で「毒入り」ですか?
とか思ってしまいましたが
やっぱり毒が入っていましたね。

あれどんな毒が入ってたんですかね。
斎藤道三さまが土岐頼純に飲ませたお茶にも
毒を仕込んでましたが
即効性の強い毒って何なのかなぁ
誰かも言ってたけどやっぱりトリカブト

ja.wikipedia.org

それはさておき、あの水がただの水ならば
信長は信勝をまた許したかもしれません。

信長さまは裏切り者は二と度許さない
みたいなイメージなんとなく持っちゃうけど
案外謀叛起こした人とか裏切った人を
許しちゃうんですよね。
前述の通り、林佐渡守や柴田勝家を許しましたし
信長を二度裏切ってる松永久秀
信長は二度目も許そうとしてた話ありますし。

正直に兄弟それぞれの想いを
打ち明けたところだったし
あれに”たまたま”毒を入れていなければ(笑)
信長と信勝が兄弟協力して生きていく未来が
あったやもしれません。

信長は有能な人材はどこの誰でも使うけど
なんだかんだいって身内贔屓ですからね。
信勝も兄を立てて従っていたら
それ相応の地位を得られたと思いますよ。

1.4.没した登場人物たち

斎藤道三の亡骸に膝をついて深く礼をする明智十兵衛光秀

こちらは麒麟がくる」で亡くなった人たちを
弔うための章
です。
亡くなった日については
Wikipediaの情報と「麒麟がくる」での情報を
照らし合わせてのものです。
亡くなった日については
人物によって諸説ありますので
あくまでも参考情報ということでお願いします。

  • 天文16年(1547年)織田信康(演:清家利一)享年不明
  • 天文16年11月17日(1547年12月28日)土岐頼純(演:矢野聖人)享年24歳
  • 天文18年3月6日(1549年4月3日)松平広忠(演:浅利陽介)享年24歳
  • 天文20年3月11日(1551年4月16日)小見の方(演:片岡京子)享年39歳
  • 天文21年3月3日(1552年4月8日)織田信秀(演:高橋克典)享年42歳
  • 天文22年閏1月13日(1553年2月25日)平手政秀(演:上杉祥三)享年62歳
  • 天文23(1554年)深芳野(演:南果歩)享年不明
  • 天文23年7月12日(1554年8月10日)斯波義統(演:有馬自由)享年42歳
  • 弘治元年閏10月10日(1555年11月23日)太原雪斎(演:伊吹吾郎)享年60歳
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)斎藤孫四郎(演:長谷川純)享年不明
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)斎藤喜平次(演:犬飼直紀)享年不明
  • 弘治元年11月26日(1556年1月7日)織田信光(演:木下ほうか)享年41歳*1
  • 弘治2年4月20日(1556年5月28日)斎藤道三(演:本木雅弘)享年63歳
  • 弘治2年9月26日(1556年11月8日)明智光安(演:西村まさ彦)享年57歳*2
  • 永禄元年11月2日(1558年12月11日)織田信勝(演:木村了)享年不明*3

1.5.参考資料

今回記事を書くにあたって主に参考とした書籍や
サイトをこちらでまとめて紹介しておきます。
興味持たれた方はご購入または閲覧してみてくださいね。

 

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)
 
戦国 戦の作法

戦国 戦の作法

 
ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

  • 発売日: 2014/09/08
  • メディア: 文庫
 
酔象の流儀 朝倉盛衰記

酔象の流儀 朝倉盛衰記

  • 作者:赤神 諒
  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: 単行本
 

明智城 (美濃国可児郡) - Wikipedia

岐阜城 - Wikipedia

清洲城 - Wikipedia

曽根城 - Wikipedia

苗木城 - Wikipedia

岩村城 - Wikipedia

朝倉義景 - Wikipedia

近衛前久 - Wikipedia

織田信行 - Wikipedia

明智光安 - Wikipedia

2.まとめ

明智城に一礼して明智荘を後にする明智十兵衛光秀

今回は越前編最初の学びの回でしたが
いかがでしたか?(笑)

斎藤道三が亡くなったことによって
尾張の情勢にも変化が生じています。
来週信長さまがどうやら命を狙われそうですが
公方様(足利義輝)に謁見するため
京へ向かう途中で狙われる
あの辺の話ですね、きっと。
丹羽兵蔵の代わりがもしや十兵衛なのでは・・・(笑)
いやそれもだけど久々に
公方様とその御一行も登場するかもしれないので
画面がまた賑やかになりそうですね。
そして十兵衛と煕子の間には待望の子宝も!?

放送一時休止まであと3話ですが
越年してでも全44話放送するっていう
嬉しい情報も最近流れてたりします。
麒麟がくる」はいろんな意味で
近年稀にみる注目を浴びた大河ドラマとして
名が残りそうです。

そして「麒麟がくる」に感化されて
信長の野望最新作が登場することも期待しています(笑)

信長の野望・大志 with パワーアップキット -PS4

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  • 発売日: 2019/02/14
  • メディア: Video Game
 

さて冒頭でも述べましたが
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオであれば
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
当日の放送や再放送も見逃してしまったとしても、いつでも視聴可能です。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

そして「麒麟がくる」をもっと楽しむために
こちらの書籍もおススメですので
ご興味のある方は是非とも。

NHK出版 2019年11月30日
by ヨメレバ
麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

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  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 
麒麟がくる 後編 (2)

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  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: 単行本
 
2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

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  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

*1:麒麟がくる」では今の所亡くなったことは語られていない。

*2:麒麟がくる」の場合は長良川の戦いから数日後な気がするけどWikipediaベースで載せてます。

*3:信長の野望ベースなら享年23歳