麒麟で学ぶ#25 「麒麟がく」第25話は蟻な将軍候補と誰にも仕えない明智十兵衛の回

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「麒麟がく」第25話は蟻な将軍候補と誰にも仕えない明智十兵衛の回

NHK大河ドラマ麒麟がくる」で
学ぶシリーズの
麒麟で学ぶ」第25回目です。
室町幕府第14代将軍は
三好一派が先手を討っていた
足利義栄に。
還俗して足利家の当主となるものの
将軍職は従兄弟に先を越された足利義昭
蟻を眺めてる場合じゃないぞ(笑)
十兵衛もさっさとどこか仕官しなさい!(笑)
というわけで今回の学びネタは
目次をご覧の通り少し薄めかも?

さて本シリーズの前提事項的なものを
毎回0章に記載していますので、
初めて本シリーズの記事を読む方は
さらっと一読していただけると
助かります。
既に読んだことのある方は
読み飛ばして頂いてかまいません。

また前提の一番最初に記載していますが
本シリーズは「麒麟がくる」の
ネタバレを含みます
当日の放送や再放送も見逃して
まだ視聴されていない方は
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオ
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
見逃し分を視聴できます。
こちらで視聴した上で本記事を読まれると
いいかもしれません。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

しかしネタバレ含んでいるけど、
本記事を読んでから視聴すると
少し前提知識が入った上での視聴になるので
それはそれでいいのかもしれませんけどね。

そして「麒麟で学ぶ」の過去分については
こちらからどうぞ。

tsukumogatari.hatenablog.com

では今回のお品書きはこちらになります。

ちなみに2019年12月15日から更新中の
麒麟がくる公式サイト

www.nhk.or.jp

公式Twitterもブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめるので
まだの方は是非とも。
Instagramもあります。

0.本記事を読むにあたっての前提など

ネタバレ含みます

本シリーズはNHK大河ドラマ麒麟がくる」の
各話を元ネタ
としているため
ネタバレ情報を存分に含んでいますので
その辺は考慮の上お読みください。

記事と「麒麟がくる」の各話の関係

基本的に「麒麟がくる」の
1話に対応して1記事書く予定です。
複数話をまとめた内容の記事を
書く予定はありません。
つまり「麒麟がくる」第1話に対応するのは
麒麟で学ぶ#1」ですし
第10話であれば「麒麟で学ぶ#10」が
対応した記事になります。
もし何らかの事情で対応記事を書けない場合は
その話数と同一の記事ナンバーは
廃番扱いにします。

名前の表記について

例えば斎藤道三斎藤義龍については
伝わりやすさを重視して
本記事内では「麒麟がくる」での名前に
合わせることにします。

斎藤道三 → 斎藤利政
斎藤義龍 → 斎藤高政

ドラマの中で呼び名が変われば
それに合わせて変更しますが
あくまでも第1話と対になる記事であれば
第1話の中での呼び名で統一します。

この呼び名のルールについては
全話通して同様であり
斎藤道三親子以外の
その他の人物についても適用します。

1.「麒麟がくる」第25話「羽運ぶ蟻(あり)」からの学び

明智十兵衛光秀、牧と10年ぶりに対面する藤田伝吾

まずは全体の感想から。
今回の「麒麟がくる」は諸事情あって
リアタイできなかったんですが
その後の時間帯にやってる
半沢直樹」の最終回には間に合ったので
チラ見してたんですよね。
そしたら半沢直樹の奥さんの花ちゃんが
半沢家を訪れた白井大臣に
桔梗の花を差し上げる
というシーンがありまして。
白井大臣に『なぜ?』と聞かれた花ちゃんは
花言葉は誠実。
白井大臣にピッタリだと思って。』
みたいな回答をしたんです。
桔梗といえば明智家の家紋。
正直者の十兵衛にぴったりじゃん~
なんて思ってたんですよ。
ツイートまでしちゃって(笑)


そうしたらですよ
後々「麒麟がくる」第25話を見てみたら
十兵衛が正直者じゃなくなってた・・・。

朝倉義景に足利義昭は将軍の器にないと伝えたせいかもと言えずに少しばつの悪そうな明智十兵衛光秀?

朝倉義景足利義昭をスルーしてるのは
明らかに十兵衛が将軍の任に非ずってのを
朝倉義景に伝えちゃったせいなんだけど
そのことを細川藤孝に正直に話しませんでした!
私と道三さまの知っている正直者の十兵衛は
どこかへ行ってしまったようです(笑)
こういった積み重ねが
きっと本能寺の変に繋がるに違いない!←
今日はもうこの辺で本題へ(笑)

ちなみに第25話の公式サイトのトリセツ
こちらです。

www.nhk.or.jp

今回のトリセツはいつもの麒麟MAPと
次期将軍の座を巡る対立構造図です。

登場人物の年齢のおさらい

三好長慶と松永久秀を守る明智光秀、三淵藤英、細川藤孝

まずは主な登場人物たちの年齢確認を。
今回は永禄9年(1566年)スタート
ということで今回は全員の年齢を加算。
追加した人物は赤字にしています。
また前回の話の中で亡くなった
と判明した人物に関しては
こちらの一覧からは削除して
後述の亡くなった人を弔う章に
引き続き掲載する形にしています。

ちなみに生年不明な人とか
年齢設定不明な人以外の生年については
Wikipediaをベースにしています。
あと基本的に全員数え年の年齢です。

■1566年でのみんなの年齢

  • 明智十兵衛光秀 39歳(1528年生)
  • 妻木煕子  不明だけど1530年生まれの説なら37歳
  • お岸    不明だけど1560年生まれの設定なら7歳
  • たま    4歳(1563年生)
  • 明智左馬助 31歳(1536年生)
  •      不明。明智光安より下か同じぐらいか?
  • 近衛前久  31歳(1536年生)
  • 足利義昭  30歳(1537年生)
  • 三淵藤英  不明。弟・藤孝よりは多分年上
  • 細川藤孝  33歳(1534年生)
  • 一色藤長  不明。信長の野望だと1536年生まれの設定なので31歳
  • 貞永久四郎 三淵藤英の家臣。さっぱりわかりませんw
  • 足利義栄  29歳(1538年生*1
  • 三好義継  18歳(1549年生)
  • 松永久秀  59歳(1508年生)
  • 三好長逸  不明。信長の野望だと1514年生まれの設定なので53歳
  • 三好宗渭  不明。信長の野望だと1528年生まれの設定なので39歳
  • 岩成友通  不明。信長の野望だと1529年生まれの設定なので38歳
  • 土岐頼芸  65歳(1502年生)
  • 稲葉良通  52歳(1515年生)
  • 長井秀元  不明。稲葉良通ぐらい?
  • 日根野備中守 49歳(1518年生)
  • 藤田伝吾  不明。光秀と年齢近そう
  • 与八    不明。光秀より下?
  • 佐助    不明。光秀より下?
  • 斯波義銀  27歳(1540年生)
  • 織田信長  33歳(1534年生)
  • 帰蝶    32歳(1535年生)
  • 織田奇妙丸  10歳(1557年生)
  • 土田御前  不明。信長の野望だと寿命設定の無い特典武将だったりするのでこちらも不明
  • 織田信広  不明。信長の野望だと1527年生まれの設定なので40歳
  • 柴田勝家  45歳(1522年生)
  • 簗田政綱  不明。信長の野望だと1532年生まれの設定なので35歳
  • 中条家忠  不明。簗田政綱と佐々成政ぐらいの年齢?
  • 佐久間信盛 39歳(1528年生)
  • 毛利十郎  不明。毛利長秀の養父であることを考えると勝家たちと同年代か。
  • 佐々成政  31歳(1536年生)
  • 前田利家  28歳(1539年生)
  • 毛利長秀  26歳(1541年生)
  • 毛利新介  不明。信長の野望だと1535年生まれの設定なので32歳
  • 服部小平太 不明。当時毛利新介たち同様に馬廻だったので彼らに近い年齢かも。
  • 木下藤吉郎 30歳(1537年生)
  • 朝比奈親徳 不明。太原雪斎に近い年齢だったかも?
  • 松平元康  24歳(1543年生)
  • 水野信元  不明。於大の方よりは上。信長の野望だと1508年生まれの設定なので59歳
  • 伊平次   不明。光秀よりは年下か?
  • 於大の方  39歳(1528年生)
  • 朝倉義景  34歳(1533年生)
  • 朝倉阿君丸 5歳(1562年生)
  • 山崎吉家  不明。信長の野望だと1516年生まれの設定なので50歳
  • 宇野市兵  不明。実在した人ではない?
  • 今井宗久  47歳(1520年生)
  • 望月東庵  不明。斎藤利政や平手政秀ぐらい?
  •      34歳(確か初登場時で15歳の設定)
  • 菊丸    不明。光秀と同じぐらい?
  • 伊平次   不明。光秀よりは年下か?
  • 伊呂波大夫 不明。光秀と年齢は近いか?
  • 芳仁    不明。東庵先生よりは下?

1.1.美濃への帰還からの学び

前回示した年表の見直し

第14代室町幕府将軍に任じられた足利義栄

前回の最後に足利義栄
将軍職に就く辺りまでの出来事を
年表にしてみましたが
今回は最初にそれを見直したいと思います。
前回提示した年表がこちらです。

  1. 永禄8年(1565年)5月19日
    永禄の変発生。足利義輝が殺害される。
  2. 永禄8年(1565年)7月28日
    幽閉されていた興福寺から覚慶脱出
  3. 永禄8年(1565年)11月21日
    覚慶、和田惟政と仁木義政の斡旋で矢島村に進出(矢島御所
  4. 永禄8年(1565年)12月
    織田信長細川藤孝に覚慶の上洛の助力を約束する書状を送る。
    またこの年から織田信長花押に「麒麟」を意味する「麟」の字を使い始める。
  5. 永禄9年(1566年)2月17日
    覚慶、矢島御所にて還俗し足利義秋と名乗る
  6. 永禄9年(1566年)4月21日
    足利義秋、従五位下・左馬頭に叙任
  7. 永禄9年(1566年)8月
    織田信長、上洛の兵を起こすも斎藤龍興の襲撃により尾張へ撤退
    足利義秋、この頃若狭の武田義統を頼って若狭入り
  8. 永禄9年(1566年)9月
    足利義秋、若狭から越前の朝倉義景の下へ。上洛の助力を要請する。
    織田信長、中濃の諸城を手に入れ、西美濃三人衆も味方につける。
  9. 永禄9年(1566年)12月
    近衛前久松平家康の苗字を徳川に改め従五位下三河守に叙任することを朝廷に斡旋
  10. 永禄10年(1567年)1月5日
    足利義栄 従五位下・左馬頭叙任
  11. 永禄10年(1567年)9月
    織田信長稲葉山城の戦いで勝利
    斎藤龍興を美濃から追い出し美濃を掌握する。
    また「井ノ口」を「岐阜」に改称
  12. 永禄10年(1567年)11月
    織田信長天下布武」の朱印を使い始める。
    足利義栄、将軍宣下を申請するも朝廷の要求する献金に応じられず拒絶される
  13. 永禄11年(1568年)2月8日
    足利義栄朝廷から将軍宣下
  14. 永禄11年(1568年)4月15日
    足利義秋から足利義昭に改名
    この時元服式を行っている。
    この後、明智光秀の仲介によって織田信長を頼り尾張

25話の始まりは5番目辺りからのスタート。
名前は足利義秋じゃなくて既に義昭だけど
そこはスルーでw

足利義昭は矢島御所で還俗したわけですが
矢島御所はどこら辺かというと
現在の滋賀県守山市矢島町辺りなのでこの辺。

矢島御所はどの辺?

一時期滞在していた甲賀よりも京寄りです。
三好三人衆というか三好一派と松永久秀の間で
いざこざが起き始めていた時期で
隙あらば上洛を、ということで
京に程近い矢島に移ったらしいです。
ただし、織田信長への助力要請で
尾張に赴いていた和田惟政
この件を知らされておらず
後々知って激怒したんだとか。
和田惟政を宥めるために足利義昭
謝罪の書状を送ったそうです。

そして続く足利義昭従五位下・左馬頭叙任
この叙任時期については諸説あるらしいです。
とりあえず「麒麟がくる」では
足利義栄の方が先に叙任されました。
細川藤孝か誰かが劇中で
ちらっと説明してた気がしますが
従五位下・左馬頭叙任は
次期将軍候補である証みたいなもの。
細川藤孝が焦るのもまぁ仕方ない。
で、結局まだ足利義昭は叙任されてない?
その辺はちょっとわからなかったですね。

その後の永禄9年(1566年)8月の辺りは
完全にスルーされていました。
そもそも若狭武田家が無かったことに?(笑)
てことは無いとは思うけど
素通りして越前いっちゃってましたね。
若狭武田氏は越前の朝倉氏とも
深く絡みがあるお家なんですが
麒麟がくる」では出番なしなのかな。

永禄9年(1566年)12月の徳川家康の改姓は
特に触れられませんでしたが
信長さまの見てた地図には
しれっと「徳川」になってましたね。

織田信長が眺める周辺地図


そして信長さまの美濃統一を経て
足利義栄の将軍宣下となった辺りまでが25話。

ちなみに「信長公記」だと
この間に明智光秀は「あ」の字も出てきません。
足利義昭側の人間として
細川藤孝和田惟政の名は
よく出てくるんですが。

明智光秀の名が「信長公記」に登場するのは
もう少し後、足利義昭が上洛してからです。
そういう意味では藤吉郎も同じ。
藤吉郎も信長さまの上洛戦から
名前が出始めます。
おそらく両者共に身分が低かったであろう事と
十兵衛自身は織田家の家臣じゃなかったが
名前の出てこない理由なのかなと。

それにしても足利義栄はセリフ無しで
このまま終わってしまいそうな・・(笑)

ちなみに修正しときましたが
稲葉山城から追い出したのを
斎藤義龍にしてましたw

織田信長の美濃平定

稲葉山城、そして美濃を手に入れた織田信長

信長さまが結構苦労したはずの美濃統一。
これもスルッと流されてしまったので
桶狭間の戦い以降の信長さまの美濃攻略を
さらっと見ていきます。

  1. 尾張守護・斯波義銀尾張から追放
  2. 永禄4年(1561年)5月森部の合戦、十四条の合戦で勝利
  3. 永禄6年(1563年)新加納の戦い斎藤龍興軍に敗れる
  4. 永禄6年(1563年)?於久地城を攻略
  5. 永禄6年(1563年)美濃攻略のため小牧山城へ本拠地を移転
  6. 永禄7年(1564年)頃?竹中半兵衛重治と安藤守就が離反して斎藤龍興を追放し、以後半年ほど稲葉山城を乗っ取る
  7. 永禄8年(1565年)美濃の加治田城主・佐藤紀伊守忠能が織田家に内通する
  8. 永禄8年(1565年)従兄弟の織田信清の居城・犬山城を攻略
  9. 永禄8年(1565年)森可成が美濃・烏峰城を攻略
  10. 永禄8年(1565年)武田信玄と同盟を結び、養女を武田勝頼に娶らせる
  11. 永禄8年(1565年)頃?木下藤吉郎が美濃・宇留摩(鵜沼)城を攻略
  12. 永禄8年(1565年)猿啄城を攻略
  13. 永禄8年(1565年)8月堂洞合戦で美濃・堂洞城を攻略
  14. 永禄8年(1565年)8月関・加治田合戦で美濃・加治田城、関城を攻略
  15. 永禄9年(1566年)足利義昭の調停斎藤龍興と一時和議を結ぶ
  16. 永禄9年(1566年)8月斎藤龍興が和議を破棄して河野島の戦いに発展、斎藤龍興軍に大敗?し織田軍撤退する
  17. 永禄10年(1567年)西美濃三人衆*2が織田方へ寝返る
  18. 永禄10年(1567年)美濃の稲葉山城を攻略、城主・斎藤龍興は伊勢長島へ逃亡

細かい時系列はよくわからない所もあるので
多少間違いもあるかもです。

最初の尾張から追放した守護・斯波義銀
信長さまがまだ清須を手に入れていない頃
尾張守護代の家臣たちに父を殺され
信長さまに助けを求めてきた人です。
その後、信長さまを追放しようという企みが
バレてしまって逆に追放されてしまいます。
ちなみに斯波義銀関ヶ原の戦い直後まで
生きていますが「麒麟がくる」では
もう出てこないでしょう。

永禄6年の新加納の戦いは竹中半兵衛の軍略
敗北したというのが有名ですが
麒麟がくる」では竹中半兵衛登場しなさそう?
永禄7年の稲葉山城乗っ取りのエピソードも
特に語られることはありませんでしたしね。
そもそも西美濃三人衆が稲葉良通のみなのも
ちょっと寂しいw

その辺はともかく美濃統一まで
桶狭間の戦いから足掛け7年ほど
かかっているわけですが
その間に重要なことが2点。

一つは、途中で武田信玄と同盟を
結んでいること。
これは東濃攻略によって
領国が信濃と隣接してしまうためです。
武田信玄まで敵に回してしまっては
美濃攻略どころじゃなくなりますからね。

それともう一つ重要な点が
一度足利義昭を介して斎藤龍興
和議を結んでいることです。
これは織田信長に上洛助力をしてもらうために
足利義昭が実現した和議だったんですが
結局三好一派と手を結んでいた斎藤龍興
破棄してしまったため
織田信長は上洛を一旦取りやめて
再度美濃攻略に乗り出します。
この和議が破棄されていなければ
足利義昭の上洛も早まって
第14代将軍は足利義栄ではなく
足利義昭が就いていたかもしれませんね。

この辺は三好一派の思惑通り進んでいたわけで
三好長慶亡き後とはいえ
三好家の影響力の大きさが伺えます。

ちなみに斎藤龍興稲葉山城を奪われて
美濃から伊勢長島に逃れるんですが
それ以降も、伊勢長島一向一揆に加担したり
三好三人衆と共に六条合戦などで
織田家と対峙しています。

織田信長と十兵衛の違い

織田信長に上洛を勧める明智十兵衛光秀

信長さまと十兵衛の考え方の違いが
今回また明らかになりました。
特に今回のは明白な違い。
信長さまは皆が喜ぶ戦をやりたい派
十兵衛は戦をこの世から無くしたい派。

はい、これもう本能寺の変確定です(笑)

織田信長の戦が嫌いではないという発言に少し微妙な反応を見せる明智十兵衛光秀


戦をやりたい信長さまを
うまく誘導して大きな国を作ろう
ていうのが十兵衛の魂胆な気がします。
それと十兵衛は少なくとも室町幕府
蔑ろにはしなさそう。
新たな幕府を、という考え方はなくて
室町幕府の将軍家を支えることが
武士の務めであり
それが麒麟がくる世に導く
という考え方っぽい。
でも信長さまはどうなのか。

今の所は信長さま自身が
例えば将軍になるとか
そういう考え方を示してはいませんが
後々の考え方の変化が
十兵衛の意にそぐわない形になってきて
本能寺の変に至る流れな気がします。
そこには怪しさ満点な伊呂波大夫も
絡んでくるのでは?
そして実は麒麟がくる世へ導くのは
万能薬を広めた駒
というオチ?(笑)

名前すら登場しなかった生駒吉乃

足利義昭に器量があるのならば、その神輿を担ぐという織田信長

帰蝶さまは信長さまの子守中で
まだ美濃へは来れてないようでしたね。
そういえば放送再開してからは
まだ帰蝶さま未登場でしたっけ?
というのは置いておいて
帰蝶さまが面倒を見ている子は
帰蝶さまが産んだ子ではなくて側室の子。
麒麟がくる」だと嫡男で後の織田信忠となる
奇妙丸しか出てませんが
後の織田信雄となる茶筅
後に徳川家康の子・信康の妻となる徳姫
後には四国遠征軍の総大将となる織田信孝
この3人は生まれているはず。
みんなの面倒を帰蝶さまが見てるのかな?

そして織田信忠の母と言われている生駒吉乃
名前すら登場せずでした。
生駒吉乃は信長さまが美濃攻略真っただ中の
永禄9年5月13日(1566年5月31日)
亡くなっています。
生駒吉乃が織田信忠の母という説も有りますが
信忠の母は久庵慶珠という名前以外は
実際には何もわかっていません。
吉乃が信忠の母説っていうのは
織田家の主流が織田信雄になって以降の史料に
見られるようになっていることを考えると
ちょっと怪しい所はあるような無いような。
その辺ハッキリしていないし
敢えて「麒麟がくる」で登場させる必要性も無い
ということから、奇妙丸の生母は未登場なのかも。

1.2.駒の薬の又売りからの学び

今井宗久という人

住職に茶釜を届けに来た今井宗久

薬の又売りの件で住職を問い詰めに
お寺へ行った駒ですが
そこで今井宗久と出くわしていました。
今井宗久は茶釜を届けに来たみたいだけど
駒の万能薬の話を住職から聞いて
万能薬にお金の匂いを感じたっぽい?
おんな城主 直虎」の瀬戸方久
ちょっと思い出しましたw

今井宗久ってNHK大河ドラマでは
少なくとも5回は登場してるみたいです。
1978年の黄金の日日が初登場?で
その後、信長 KING OF ZIPANGU
利家とまつ~加賀百万石物語~」
軍師官兵衛で登場歴があるみたいです。
軍師官兵衛」に出てたかなぁ
覚えてないですw

今井宗久は堺の商人であり茶人であり
上洛した信長に茶器の名物である
松島紹鴎茄子などを献上して
いち早く足利義昭にも織田信長にも
取り入った人物です。
織田信長の元では千利休や津田宗久と共に
茶頭を務めていたし、
信長死後も秀吉に取り入って
茶頭、御伽衆として仕えています。
ただ秀吉には織田信長の時ほど
重用はされなかったらしいです。

信長さまは堺が大好きだし
この今井宗久とも
接点を持つようになるんでしょうが
その前に駒が今井宗久と急接近しそう。
万能薬をお金儲けに利用しようという
今井宗久とお金儲けの前に人助けの駒との間で
伊呂波大夫がうまいこと折り合いをつける?
みたいな話の流れになるんでしょうか。

1.3.上洛の意思をみせた朝倉義景からの学び

朝倉義景に上洛を促す十兵衛?

足利義昭上洛の件で朝倉義景に謁見する明智十兵衛光秀

一度は足利義昭将軍の任に非ず
朝倉義景に進言した十兵衛でしたが
足利義昭とじっくり対面で話した結果
やっぱあの人聡明だよ、将軍できるよ
という掌返し。
私は笑うしかありませんでした(笑)
まぁそこは当時大好きな足利義輝
亡くなってしまったことで
正しく判断ができていなかった
ということにしておいてあげましょう。

朝倉義景に一介の牢人である十兵衛が
足利義昭の将軍擁立と上洛を促すっていうのが
なんか不思議な話だなと思うわけですが
それを素直に聞き入れる朝倉義景
ホント?それでいいの?
と思ったりもしちゃいました(笑)

その辺は物語上のお話なのでいいとして
永禄9年頃は家臣の山崎吉家も言ってたように
朝倉氏は加賀の一向一揆に悩まされていました。
そのため、一刻も早く上洛をしたい足利義昭
この一向一揆との和睦を取りなそうとしますが
失敗しています。
また永禄10年(1567年)3月には
家臣の堀江景忠一向一揆と手を結んで
謀叛を起こすという事態も起きています。
堀江景忠とは和睦をする形で
なんとか謀叛を収めた後
11月にようやく足利義昭一乗谷に迎えて
祝賀の挨拶をしています。
翌12月には足利義昭一向一揆と朝倉氏の
和睦成立を成功させているので
朝倉氏の悩みの種は一端解決。

永禄11年(1568年)4月の足利義昭元服
改名(義秋→義昭)も朝倉館で行われて
これはもういよいよ上洛か
というところまで来ていたんですけどね。
この辺りは次回描かれるのかどうか。

朝倉阿君丸

忠太郎がいなくなったと朝倉義景に泣きついてきた朝倉阿君丸

ネズミに忠太郎と名付けているのは
朝倉阿君丸(くまきみまる)
朝倉義景の側室の子で嫡男です。
最初の子だったこともあって
朝倉義景は溺愛していたようです。
次回もきっと阿君丸大活躍です
いろんな意味で。
忠太郎は果たして見つかるんでしょうか(笑)

ちなみに朝倉義景には
愛王丸という子もいますが
この子の誕生はもう少し先の話です。
ちょうど信長さまが浅井長政の裏切りによって
大目玉を喰らう頃です。
阿君丸と愛王丸の幼名からし朝倉義景
〇〇丸っていう幼名だったかというと
全然違って長夜叉でした(笑)

将軍就任、後ろに控えるは三好三人衆

三好三人衆か?

永禄11年(1568年)2月、足利義栄が将軍に。
将軍宣下を受ける足利義栄の後ろに
他の家臣とはちょっと違うお召し物をした3人。

あれがきっと三好三人衆なのではないかと。

なんか最初のクレジットで名前があったから

しれっと加わる三好三人衆

あれ?三好三人衆いるじゃん!いつ出てくるんだ?
と待ち構えてたけど全然出てこなくて。。。(笑)

そしたらなんと最後の最後にようやく
誰が誰だかわからない感じで出てきました。

三好三人衆は前回も少し名前だしましたけども
三好長逸岩成友通三好宗渭の3人。

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三好長逸(みよしながやす)は宮原奨伍さん
岩成友通(いわなりともみち)は高野弘樹さん
そして三好宗渭(みよしそうい)は岡けんじさんが
それぞれ演じているようです。

三好長慶亡き後に三好家を盛り立てた3人で
松永久秀や主君である三好義継とも
その後対立することになります。

もしかして三好三人衆って
大河ドラマ初登場だったりするのかな?

今後登場機会がどの程度なのかは不明だけど
信長さまだけじゃなくて松永久秀とも
大いに絡みがある人達なので
活躍を期待します。
そして3人の正しい名前がちゃんと広まって
信長の野望シリーズで修正されますように(笑)

信長の野望・創造 戦国立志伝の三好長逸

信長の野望・創造 戦国立志伝の三好宗渭


1.4.没した登場人物たち

斎藤道三の亡骸に膝をついて深く礼をする明智十兵衛光秀

こちらは麒麟がくる」で亡くなった人たちを
弔うための章
です。
亡くなった日については
Wikipediaの情報と「麒麟がくる」での情報を
照らし合わせてのものですが
人物によって諸説ありますので
あくまでも参考情報ということでお願いします。
今回は前回殺害されてしまった足利義輝公と
特に言及はありませんしたが
この期間中に亡くなっているはずなので
今川家臣の朝比奈親徳も追加しています。

  • 天文16年(1547年)
    織田信康(演:清家利一)享年不明
  • 天文16年11月17日(1547年12月28日)
    土岐頼純(演:矢野聖人)享年24歳
  • 天文18年3月6日(1549年4月3日)
    松平広忠(演:浅利陽介)享年24歳
  • 天文20年3月11日(1551年4月16日)
    小見の方(演:片岡京子)享年39歳
  • 天文21年3月3日(1552年4月8日)
    織田信秀(演:高橋克典)享年42歳
  • 天文22年閏1月13日(1553年2月25日)
    平手政秀(演:上杉祥三)享年62歳
  • 天文23(1554年)
    深芳野(演:南果歩)享年不明
  • 天文23年7月12日(1554年8月10日)
    斯波義統(演:有馬自由)享年42歳
  • 弘治元年閏10月10日(1555年11月23日)
    太原雪斎(演:伊吹吾郎)享年60歳
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)
    斎藤孫四郎(演:長谷川純)享年不明
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)
    斎藤喜平次(演:犬飼直紀)享年不明
  • 弘治元年11月26日(1556年1月7日)
    織田信光(演:木下ほうか)享年41歳*3
  • 弘治2年4月20日(1556年5月28日)
    斎藤道三(演:本木雅弘)享年63歳
  • 弘治2年9月26日(1556年11月8日)
    明智光安(演:西村まさ彦)享年57歳*4
  • 永禄元年11月2日(1558年12月11日)
    織田信勝(演:木村了)享年不明*5
  • 永禄3年5月6日(1560年5月30日)
    源応尼(演:真野響子)享年69歳*6
  • 永禄3年5月18日(1560年6月11日)
    佐久間盛重(演:室山和廣)享年不明*7
  • 永禄3年5月19日(1560年6月12日)
    佐々隼人正(演:内浦純一)享年39歳
  • 永禄3年5月19日(1560年6月12日)
    今川義元(演:片岡愛之助)享年42歳
  • 永禄4年5月11日(1561年6月23日)
    斎藤義龍(演:伊藤英明)享年35歳*8
  • 永禄5年2月4日(1562年3月8日)
    鵜殿長照(演:佐藤誓)享年不明*9
  • 永禄6年3月1日(1563年3月24日)
    細川晴元(演:国広富之)享年50歳*10
  • 永禄7年7月4日(1564年8月10日)
    三好長慶(演:山路和弘)享年43歳
  • 永禄8年5月19日(1565年6月17日)
    足利義輝(演:向井理)享年30歳
  • 永禄9年8月22日(1566年9月5日)
    朝比奈親徳(演:山口馬木也)享年不明

1.5.参考資料

今回記事を書くにあたって主に参考とした書籍や
サイトをこちらでまとめて紹介しておきます。
興味持たれた方はご購入または閲覧してみてくださいね。

 

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)
 
戦国 戦(いくさ)の作法

戦国 戦(いくさ)の作法

  • 発売日: 2018/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

  • 発売日: 2014/09/08
  • メディア: 文庫
 
足利義昭 (シリーズ・室町幕府の研究 第2巻)

足利義昭 (シリーズ・室町幕府の研究 第2巻)

  • 作者:久野雅司
  • 発売日: 2015/05/08
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

生駒吉乃 - Wikipedia

今井宗久 - Wikipedia

朝倉阿君丸 - Wikipedia

朝倉愛王丸 - Wikipedia

2.あとがき

明智十兵衛、妻の煕子、岸、そして玉

第25話の「麒麟で学ぶ」はいかがでしたか?
今回は正直言うと
ちょっと中弛みを感じた回でした。
その要因はいろいろあるんだろうけど・・・。

この頃十兵衛ってどこで何をしてたのか
ハッキリとはわかっていないし
前述のとおり「信長公記」にも
まだ登場していない時期です。
なので物語としての面白さを
作りやすい期間なのかなと感じています。

ただね~なんか十兵衛が
未だに誰にも仕官してないのが
いまいち納得感がないんですよね。

十兵衛、もう40歳手前ですよ。
美濃から逃げるように越前へやってきて
10年以上も何をしているんだ、と(笑)

斎藤義龍と信長さまに『何をしたいんだ』
て言われちゃうのも仕方ない気がします。

しかも今回、公方さま(前将軍)に
お仕えしたかったようなこと言ってて
だったら何故さっさと仕官しなかった?
細川藤孝に一度誘われてたんだし
言えばうまく取りなしてくれただろうに。
越前でくすぶり続けてる理由が
正直よくわからないです。
で、公方さまは殺されちゃうしね。

まぁ永禄の変自体は避けられない史実なので
十兵衛がどんな状況であったとしても
確定イベだからそこは責められないけどw

やっぱり明智光秀っていう人は
謎な人物だなぁと改めて思います。

タイムトラベルとかできる時代は
まだですか?(笑)

さて冒頭でも述べましたが
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオであれば
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
当日の放送や再放送も見逃してしまったとしても、いつでも視聴可能です。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

そして「麒麟がくる」をもっと楽しむために
こちらの書籍もおススメですので
ご興味のある方は是非とも。

NHK出版 2019年11月30日
by ヨメレバ
麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 
麒麟がくる 後編 (2) (NHK大河ドラマ・ガイド)

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  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: ムック
 
2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

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  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!


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このINDEXページを基点として頂くと
過去に投稿済みの記事へも
アクセスしやすいです。
こちらから過去記事も読んで頂けると
嬉しいです。

*1:1540年生年説も有り。

*2:西美濃で有力な国人だった稲葉良通(一鉄)、氏家直元(卜全)、安藤守就の三人のこと。

*3:麒麟がくる」では今の所亡くなったことは語られていない。

*4:麒麟がくる」の場合は長良川の戦いから数日後な気がするけどWikipediaベースで載せてます。

*5:信長の野望ベースなら享年23歳。

*6:麒麟がくる」では亡くなっているかどうかの言及はなく、東庵先生も生死どちらとも取れる感じで話している。

*7:信長の野望ベースなら享年42歳。桶狭間の戦いの前哨戦、丸根砦の戦いで討死しているが「麒麟がくる」では語られていない。

*8:実際に亡くなったのは21話と22話の間の期間だが、19話で既にナレ死してます。。。

*9:信長の野望ベースなら享年30歳。桶狭間の戦いの後、今川家からの自立を目指した松平氏との戦いにて戦死。

*10:麒麟がくる」では桶狭間の戦いから4年間がカットされてしまったこともあって、その死を語られることもなかった。