麒麟で学ぶ#24 「麒麟がくる」第24話は怒る明智十兵衛、迷う松永久秀、そして当てが外れた朝倉義景の回

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「麒麟がくる」第24話は怒る明智十兵衛、迷う松永久秀、そして当てが外れた朝倉義景の回

NHK大河ドラマ麒麟がくる」で
学ぶシリーズの
麒麟で学ぶ」第24回目です。
永禄の変で遂に将軍足利義輝が死亡
十兵衛は怒り狂って再び京へ。
その一方で
駒が貧しい人たちのためにと思って
作っていた丸薬でお金儲けが出来て
ホクホクなのは望月東庵先生と伊呂波大夫。
将軍が亡くなって大騒ぎなのは武士だけ。
庶民にとっては
日々暮らしていくことで精一杯
誰が将軍でも関係ない?
そんな対比が見えたような気がした
第24話からの学びは目次の通りでございます。

さて本シリーズの前提事項的なものを
毎回0章に記載していますので、
初めて本シリーズの記事を読む方は
さらっと一読していただけると
助かります。
既に読んだことのある方は
読み飛ばして頂いてかまいません。

また前提の一番最初に記載していますが
本シリーズは「麒麟がくる」の
ネタバレを含みます
当日の放送や再放送も見逃して
まだ視聴されていない方は
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオ
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
見逃し分を視聴できます。
こちらで視聴した上で本記事を読まれると
いいかもしれません。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

しかしネタバレ含んでいるけど、
本記事を読んでから視聴すると
少し前提知識が入った上での視聴になるので
それはそれでいいのかもしれませんけどね。

そして「麒麟で学ぶ」の過去分については
こちらからどうぞ。

tsukumogatari.hatenablog.com

では今回のお品書きはこちらになります。

ちなみに2019年12月15日から更新中の
麒麟がくる公式サイト

www.nhk.or.jp

公式Twitterもブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめるので
まだの方は是非とも。
Instagramもあります。

0.本記事を読むにあたっての前提など

ネタバレ含みます

本シリーズはNHK大河ドラマ麒麟がくる」の
各話を元ネタ
としているため
ネタバレ情報を存分に含んでいますので
その辺は考慮の上お読みください。

記事と「麒麟がくる」の各話の関係

基本的に「麒麟がくる」の
1話に対応して1記事書く予定です。
複数話をまとめた内容の記事を
書く予定はありません。
つまり「麒麟がくる」第1話に対応するのは
麒麟で学ぶ#1」ですし
第10話であれば「麒麟で学ぶ#10」が
対応した記事になります。
もし何らかの事情で対応記事を書けない場合は
その話数と同一の記事ナンバーは
廃番扱いにします。

名前の表記について

例えば斎藤道三斎藤義龍については
伝わりやすさを重視して
本記事内では「麒麟がくる」での名前に
合わせることにします。

斎藤道三 → 斎藤利政
斎藤義龍 → 斎藤高政

ドラマの中で呼び名が変われば
それに合わせて変更しますが
あくまでも第1話と対になる記事であれば
第1話の中での呼び名で統一します。

この呼び名のルールについては
全話通して同様であり
斎藤道三親子以外の
その他の人物についても適用します。

1.「麒麟がくる」第24話「将軍の器」からの学び

三好一派の兵士に囲まれて太刀を抜く足利義輝

まずは全体の感想から。

足利義輝っていうと永禄の変の際には
畳に自慢の名刀を何本も突き刺して
迫りくる敵をその名刀たちで薙ぎ払っていく
剣豪将軍としてのイメージが強かった。
しかし向井理さんの演じる公方さまは
芯の強さを感じると同時に儚さも感じる
ガラスの将軍のような印象があります。

ガラスは磨けば磨くほど
その先を見通せる程綺麗にもなる一方で
大きな力を加えられると
一瞬でひび割れて粉々になってしまいます。

だからこそ三淵藤英・細川藤孝兄弟たちには
どれだけ公方さまが横暴になっても
見限ることなく傍にいて欲しかったな、と。
細川藤孝は大和で覚慶の護衛してたから
ていう理由があるから100歩譲るとして
三淵藤英はどこにいたの?w

ただ第24話での将軍の死は
正直悲しみをあまり感じませんでした。
冒頭数分の立ち回りから最期までは
美しい映像をただただ見ているだけ
という不思議な感覚にしかならなくて
三好の兵士たちに障子で囲まれて
四方から止めを刺された最期も
公方さまの無念さは感じたけど
将軍の死というのが
どこかすっぽり抜けてしまっていて
公方さまの死を引きずることなく
最後まで24話を
冷静に見ている自分がいた気がします。

障子で囲まれて槍で突き刺される足利義輝

道三さまが高政との一騎打ちで
どこぞの兵2人に横槍入れられた時とは
だいぶ違います、
あの二人はマジで許さない(笑)

これは何故だろうと後々考えてみたら
おそらく私の中で公方さまは前回の23話で
既に亡くなっていたのではないかと。

23話の公方さまからは
常に死と隣り合わせのような
危うさをずーっと感じていました。

頼る者が十兵衛しかいなかったり
天下の将軍が「誰かある」と言っても
だーれ一人飛び出してこなかったり
おまけにあの細川藤孝
公方さまのことを諦めちゃったりで、
可哀そうすぎる公方さま。
ていうかもうこれ・・・
いつでも死ぬ準備できちゃってるやん・・・
みたいな感覚で見ていたんですよね。
まぁ23話で死んじゃうと勘違いしながら
見ていたのも原因かもですけど(笑)

つまり何が言いたいかというと
私の中で公方さまは
23話で既に亡くなっていたも同然
十兵衛と最後に話した会話、
あそこで全てが終わってしまった感が
あったんだと思います、心の中では。
だから今回冒頭で美しい立ち回りを
最後までしっかり見ることができたし
公方さまロスに至らなかったのかなと。

でも、公方さまの最期のシーンは
もっと尺とって欲しかった感はあります。
公方さまの無双ぶりが30分ぐらい続く動画を
誰か作ってください
あ?自分で作ればいいのかなw

といったところでそろそろ本題へ。
ちなみに第24話の公式サイトのトリセツ
こちらです。

www.nhk.or.jp

今回のトリセツでは次期将軍の座を巡る
対立構造が図解されています。
「三好一派」ていう呼び方が新鮮。

登場人物の年齢のおさらい

三好長慶と松永久秀を守る明智光秀、三淵藤英、細川藤孝

まずは主な登場人物たちの年齢確認を。
今回は永禄8年(1565年)5月スタート
ということで今回は全員の年齢を加算。
追加した人物は赤字にしています。

また前回の話の中で亡くなった
と判明した人物に関しては
こちらの一覧からは削除して
後述の亡くなった人を弔う章に
引き続き掲載する形にしています。

ちなみに生年不明な人とか
年齢設定不明な人以外の生年については
Wikipediaをベースにしています。
あと基本的に全員数え年の年齢です。

■1565年でのみんなの年齢

  • 明智十兵衛光秀 38歳(1528年生)
  • 妻木煕子  不明だけど1530年生まれの説なら36歳
  • お岸    不明だけど1560年生まれの設定なら6歳
  • たま    3歳(1563年生)
  • 明智左馬助 30歳(1536年生)
  •      不明。明智光安より下か同じぐらいか?
  • 近衛前久  30歳(1536年生)
  • 足利義輝  30歳(1536年生)
  • 覚慶    29歳(1537年生)
  • 三淵藤英  不明。弟・藤孝よりは多分年上
  • 細川藤孝  32歳(1534年生)
  • 一色藤長  不明。信長の野望だと1536年生まれの設定なので30歳
  • 貞永久四郎 三淵藤英の家臣。さっぱりわかりませんw
  • 三好義継  17歳(1549年生)
  • 松永久秀  58歳(1508年生)
  • 土岐頼芸  64歳(1502年生)
  • 稲葉良通  51歳(1515年生)
  • 長井秀元  不明。稲葉良通ぐらい?
  • 日根野備中守 48歳(1518年生)
  • 藤田伝吾  不明。光秀と年齢近そう
  • 与八    不明。光秀より下?
  • 佐助    不明。光秀より下?
  • 斯波義銀  26歳(1540年生)
  • 織田信長  32歳(1534年生)
  • 帰蝶    31歳(1535年生)
  • 織田奇妙丸  9歳(1557年生)
  • 土田御前  不明。信長の野望だと寿命設定の無い特典武将だったりするのでこちらも不明
  • 織田信広  不明。信長の野望だと1527年生まれの設定なので39歳
  • 柴田勝家  44歳(1522年生)
  • 簗田政綱  不明。信長の野望だと1532年生まれの設定なので34歳
  • 中条家忠  不明。簗田政綱と佐々成政ぐらいの年齢?
  • 佐久間信盛 38歳(1528年生)
  • 毛利十郎  不明。毛利長秀の養父であることを考えると勝家たちと同年代か。
  • 佐々成政  30歳(1536年生)
  • 前田利家  27歳(1539年生)
  • 毛利長秀  25歳(1541年生)
  • 毛利新介  不明。信長の野望だと1535年生まれの設定なので31歳
  • 服部小平太 不明。当時毛利新介たち同様に馬廻だったので彼らに近い年齢かも。
  • 木下藤吉郎 29歳(1537年生)
  • 朝比奈親徳 不明。太原雪斎に近い年齢だったかも?
  • 松平元康  23歳(1543年生)
  • 水野信元  不明。於大の方よりは上。信長の野望だと1508年生まれの設定なので57歳
  • 伊平次   不明。光秀よりは年下か?
  • 於大の方  38歳(1528年生)
  • 朝倉義景  33歳(1533年生)
  • 山崎吉家  不明。信長の野望だと1516年生まれの設定なので49歳
  • 宇野市兵  不明。実在した人ではない?
  • 望月東庵  不明。斎藤利政や平手政秀ぐらい?
  •      33歳(確か初登場時で15歳の設定)
  • 菊丸    不明。光秀と同じぐらい?
  • 伊平次   不明。光秀よりは年下か?
  • 伊呂波大夫 不明。光秀と年齢は近いか?
  • 芳仁    不明。東庵先生よりは下?

1.1.京の政変からの学び

永禄の変、公方さまの最期

三好一派の襲撃に遭う足利義輝

『敢えて暴虎せず敢えて馮河せず
人は其の一を知るも其の他をしることなし
戦戦兢兢
深き淵に臨むが如く薄氷を履むが如し

強い子になれ声は大きくよく学べ。
さすれば立派な征夷大将軍となろう。
世を平らかにできよう。

さすれば 麒麟がくる
この世に麒麟が舞い降りると・・・。
この世に誰も見たことのない
麒麟と言う生物がいる。
穏やかな世を作れる者だけが
連れてこられる
不思議な生き物だという。

麒麟がくる道は遠いのう。』

冒頭から障子で囲まれて討ち取られるまでの
公方さまのセリフ。
今度テストに出るので全部覚えてください(笑)

最初の『敢えて暴虎せず―』から始まり
『―薄氷を履むが如し』終わる部分は
中国の詩経にある「小旻」という詩の一節。

武器も持たずに素手で虎と戦ってはいけない。
船を使わず徒歩で河を渡ろうとしてはいけない。
人はそういうことを知ってはいても
それ以外の危ない事を知らないものだ。
私たちは常に恐れおののきながら
深淵に臨むような気持で
薄氷の上を歩くような気持で
慎重に生きていかなければならないのだ。
というような意味で
多分だいたい合ってるはずw。

これを公方さまが最期に読んだのは
自戒の念を込めてなのでしょうか。
公方さまの武器にも船にもなる
十兵衛ともっと早くに出会えていれば
という思いも込められてるのかな。

慶寿院と周暠そしてもう一人の明智光秀

松永久秀に自分は将軍の器にないという覚慶、後の足利義昭

永禄の変の犠牲者となった慶寿院周暠
慶寿院は足利義輝、覚慶の生母で
近衛尚通の娘です。

近衛尚通近衛前久の祖父なので
慶寿院は近衛前久の叔母に当たります。

麒麟がくる」ではナレ死のみの登場ですが
足利義輝が若くして将軍職に就いた頃から
後見人として政務にも関与をしていたそうです。
永禄の変の際には火中に身を投げて自害した
とも言われています。

周暠(しゅうこう)は足利義輝たちの末弟。
覚慶が話の中で嫡男以外は家督争いを避けるため
仏門に入ると説明していた通り
周暠も幼い頃より仏門に入り
相国寺塔頭鹿苑院の院主となっていました。
しかし永禄の変が起きると
三好一派の命を受けた平田和泉守に誘い出されて
京へいく途中で殺害されてしまったそうです。
亡くなったのは17歳または18歳の説があります。

他にも永禄の変では多くの幕臣たちが
犠牲になっているわけですが
その中でも進士藤延生き延びて
明智光秀になったという説がある人です。
明智光秀の譜代衆には
進士貞連という人がいるんですが
この人は永禄の変で亡くなった
進士藤延の弟、つまり光秀の弟
光秀の代わりに進士家を継いだ、とか
進士藤延の妹で足利義輝の側室だった
小侍従が光秀の妻と言われる煕子になり
既に身籠っていた子が明智光慶になった
なんていう話があったりします。
てことは明智光慶は公方様の御落胤かw

三好一派?

三好一派による足利義輝襲撃部隊、指揮を執るのは三好義継か?

度々出てくる「三好一派」とは。
これって同じ三好家臣でも
松永久秀とは違う派閥であることを
示してくれるわかりやすい言葉ですよね(笑)

この三好一派に含まれるのは
おそらく以下の人たち。
三好長慶の養子で家督を継いだ
三好義継(みよしよしつぐ)
三好長慶亡き後に家中を支えた三好三人衆
三好三人衆は、以下の3名。
三好長逸(みよしながやす)

tsukumogatari.hatenablog.com

三好宗渭(みよしそうい)

tsukumogatari.hatenablog.com

岩成友通(いわなりともみち)

tsukumogatari.hatenablog.com

松永久秀の嫡男で
既に家督を継いでいた松永久通(まつながひさみち)
一応現時点では該当しそうだけど
多分後々は袂を分かつとはずなんですよね。
まぁそれ言っちゃうと三好義継も同じか(笑)

三好一派の言葉は出てきても
三好三人衆って言葉がまだ出てこないのは
なんとなくリアル感があります。
三好三人衆の台頭はまさにこれからなので。
今の所、まったく出てこないけど
信長さまが京へ絡んでくるようになると
三好三人衆も登場するのかな・・・。

三好一派が推した足利義栄

三好一派が邪魔な足利義輝を殺して
代わりに将軍に据えようとしているのが
足利義栄(あしかがよしひで)
阿波公方とも呼ばれる方で
足利義輝や覚慶の従兄弟に当たります。
父が足利義維(あしかがよしつな)
足利義輝の父で第12代将軍の足利義晴の弟です。

初名は義親または義勝で、
義栄に改名するのは
従五位下・左馬頭に叙任された
永禄10年(1567年)1月5日らしいです。

大河ドラマだと話の都合上、
名前を先取りしがちで
三好義継とか足利義輝も同様ですね。

さて、このお方が第14代将軍になるんですけど
足利義輝足利義昭の間にこの方が
将軍職に就いてたのって
一般的にはあまり知られてなさそう。

信長の野望にも一度も出たことないしw

しかも足利義栄は見てたらわかると思いますが
就任期間1年もないんですよね。

そして室町幕府の将軍の中で
一度も京に足を踏み入れなかった将軍です。
じゃぁどこにいたのかといえば四国です。
生まれも育ちも阿波なんですよね。
阿波公方と呼ばれた理由がこれ。

でもそもそもなんで将軍候補になるお方が
阿波にいたの?て話になるわけですが
これ説明するには第11代将軍足利義澄の代まで
遡らないといけないので結構面倒臭いですw
明応2年(1493年)の明応の政変から始まり
永正4年(1507年)の永正の錯乱
永正8年(1511年)の船岡山戦について
調べるとわかるんじゃないかと。(丸投げ

ちなみに第11代将軍の足利義澄
足利義輝足利義栄のお爺ちゃんです。

さて「麒麟がくる」で足利義秀を演じるのは
一ノ瀬颯(いちのせはやて)さん。
騎士竜戦隊リュウソウジャーの
リュウソウレッドで俳優デビューしたそうです。
戦隊ものは流石にもう見てないので
わかりませんけど同じく戦隊シリーズ出身の
松坂桃李さんみたいに有名になってくのかな。

松坂桃李さんも大河ドラマ軍師官兵衛」で
黒田長政役やってましたしね。

松永久秀は道三さまに次ぐ十兵衛のメンター

幕府あっての我ら、しかし迷いもあるという松永久秀

次の将軍候補にもっとも近い覚慶。
その命を守るために細川藤孝らと共に
手を尽くす松永久秀
この時の松永久秀演じる吉田鋼太郎さんの演技に
わざとらしさもあったりして
従来からある梟雄としての姿も残しつつ
幕府に忠義を尽くす姿も表しているのかな?
だとしたら役者さんってすげぇや。

一方で十兵衛は将軍を殺させたのは
松永久秀だと思い込んで
多聞山城へ乗りこみます。

思い込むというか、何故止めなかったのか
という思いの方が強かったのかな?

十兵衛と松永久秀の縁を紡いだのは
火縄銃、鉄砲なわけですが
その縁も斎藤道三さまが堺へいくことを
許したからこそ。

鉄砲という当時最先端の武器を通じて
十兵衛は自分の道を示してくれる
重要な人物と出会ってるような気がします。
鉄砲の産地を当てて信長さまにも
気に入られましたしね。
そういえば細川藤孝に襲われたのも(笑)、
鉄砲を持ってたからでした。
鉄砲は人脈作りに重要なアイテムだったかw

さて、十兵衛のメンター的な存在といえば
望月東庵先生や亡くなった斎藤道三さまが
該当するんじゃないかと思いますが
戦国の世を武士としてどのように生きていくか
といった指針を示してくれていたのは
やっぱり斎藤道三さま。
東庵先生はもうちょっとメンタル面での師匠
という面が強い気がします。

そして道三さまが亡くなった後のメンターが
この松永久秀なのかもしれません。

三好政権の中核で長く活躍し
今の政の酸いも甘いも見てきた人が
この世がどうあるべきかを迷い
そして、今この転換期にどう切り拓くかが
我らの正念場なんだと十兵衛に言います。
いつまで越前でくすぶってるつもりだと
ようやく発破もかけてくれましたw

十兵衛も一人でどうすべきかはずっと悩みつつ
答えを出せずに牢人生活を続けていたのは
越前には十兵衛にとってのメンターたるべき人が
存在しなかったからなのかもしれません。

一人で決断するのって勇気がいるし
なかなか難しいと思うんですよね。

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

メンターが見つかれば人生は9割決まる!

 

 

そういう意味じゃ越前では
あまりいい出会いがなかったのかな。
それはやっぱり鉄砲を使ってないからかw

甲賀和田惟政

幽閉先から脱出した覚慶の身を匿ったのが
甲賀和田惟政
この名前だけしか出てきていない和田惟政とは。

信長の野望・創造 戦国立志伝の和田惟政

和田氏は甲賀五十三家のうちの一つ。
そもそも甲賀五十三家というのは
長享元年(1487年)から始まった
第一次六角征伐の際に六角氏を助けて
幕府軍を退けた甲賀地侍たちのこと。

そして甲賀五十三家は甲賀流忍術
中心となった家でもあります。

その甲賀五十三家の一つ、
和田家に生まれた和田惟政
父の代から幕臣として仕えていたようです。

幽閉されていた覚慶を救い出して
自分の館で匿って以降、
覚慶に付き従って上洛及び
将軍就任のために尽力しています。

覚慶が将軍職に就くと、
摂津守護に命じられて
池田勝正、伊丹親興と共に
「摂津三守護」と称されたそうです。

また、和田惟政幕臣として覚慶を支えつつ
織田信長にも仕えて織田家の数々の戦に参戦し
政にも加わっています。
立ち位置的には細川藤孝や十兵衛と同じ感じ?

今の所、確か配役の発表はないのですが
このまま名前のみの登場なのかどうか。

1.2.将軍空位からの学び

万能薬とはういろう?

駒の作る万能薬はういろう?

駒が伊呂波大夫に唆されて(笑)作ってる
万能薬・・・
なんかちょっと小さくなってません?w

改良されたのか、大量に作るために
効能弱まっても小さくしたのか
なんてことも気になりましたが・・・
この薬のモデルって何かあるのかな?
と、ふと気になりました。

戦国時代ごろに何にでも効くと謳われるような
万能薬があったのかなー?
と調べてみて発見したのが、こちら。
ういろうです。

www.uirou.co.jp

名古屋とか山口の名物のういろうじゃないです。
神奈川県小田原市外郎家で
今でも作られている薬です。
最初に作られてから600年ほど
その製法は今も変わらないらしい。

600年ってちょうど室町時代辺り?

京都外郎家が代々製造・販売していたのを
北条早雲が目をつけて小田原でもその薬を
製造できるように外郎家の分家を
小田原に招いたそうなのです。

そしてその肝心の効能は
何にでも効くらしい(笑)
頭痛、胃痛、食中毒、心臓病や気付けなどなど、
まさに万能薬なんですって!

ちなみに、この薬のういろうと
お菓子のういろうは
関係ないようで関係あるみたい。

お菓子のういろうの起源には説が2つあって
一つは、色が薬のういろうに似てたお菓子
ういろうと呼んだっていうもの。

もう一つが、元々薬のういろうを日本に伝えた
陳宗奇が薬のういろうを朝廷に献上する際に
そのお口直しで添えたお菓子のことを
ういろうと呼ぶようになった、という説。

詳細はその道の専門の方に
詳しくお聞きしたいところですが
案外このういろうが駒の薬のネタ元だったり?
駒に薬の製法を教えた芳仁は駿河にいたけど
小田原近いですしね!
でもお菓子のういろうの色の説からすると
違うような気もするw
これ以外にも駒の薬っぽい万能薬があったら
教えてください!

近衛前久は何故足利義栄を推したのか

伊呂波大夫に頼り過ぎな近衛前久

麒麟がくる」だと伊呂波太夫が強すぎて
近衛前久がイマイチ武闘派っぽく見えないのが
少し残念な気もしますw

近衛前久は、本来は覚慶が将軍職を継ぐべきと
思ってはいるけど三好一派に脅されていて
悩んでる、みたいなこと言ってましたよね。
この脅されるイメージが私の中にはないんだけど
まぁそれはいいとして(笑)、
私が知ってる話では少し経緯が違います。

近衛前久の姉足利義輝正室なんですが
永禄の変の際には殺されず保護されています。
三好一派は将軍殺しの罪を恐れて
時の関白・近衛前久を頼るんですが
近衛前久は姉を保護したことを評価して
三好一派に加担して足利義栄
次期将軍として推すことも認めます。

このことが後々、覚慶すなわち足利義昭
疑われることになるんです。

兄・足利義輝殺害計画に近衛前久
関わっていたんじゃないか、と。

そして足利義昭近衛前久を朝廷から追放。
後には関白も解任されてしまいます。

この近衛前久足利義昭
常に立場が互い違いというか
入れ替わるように明と暗の道を
歩んでる感じなんですよね。
一方は信長さまに嫌われるけど
一方は意気投合しちゃいますしね。
麒麟がくる」ではどうなのかな?

上杉、武田、朝倉、諸国の大名の後押し

十兵衛に朝倉義景の上洛助力をお願いする三淵藤英・細川藤孝兄弟

三淵藤英が十兵衛に言ってました。

覚慶が将軍職に就くためには
諸国の大名の支えが、後押しがいると。

その大名として挙げられていた一部が
上杉、武田、朝倉でした。

この中で武田っていうと
すぐに思い浮かぶのは
甲斐の武田、武田信玄ですよね。
ただ京からほど近い若狭にも武田氏が。
永禄の変の頃だと当主は武田義統(たけだよしずみ)。*1

信長の野望・創造 戦国立志伝の武田義統

正室足利義晴の娘
つまり足利義輝、覚慶の妹です。

若狭武田氏はこのように足利将軍家とは
古くから繋がりが深く信頼もされていて
永禄の変が起きた後には覚慶、当時は足利義秋が
将軍就任の協力を求めて若狭に訪れています。

ただしこの時は武田義統に反発する被官たちが
義統の子、孫犬丸(後の武田元明)を担ぎ上げて
反抗を起こし始めた時期だったので
足利義秋を上洛させる余裕はありませんでした。

そのため、足利義秋は朝倉義景を頼って
越前を訪れたと言われています。

三淵藤英が甲斐と若狭のどちらの武田氏を
指したのかはわかりませんが
将軍家との繋がりの深さや地理的な近さからも
若狭武田氏のことを言ってた可能性は
ありよりのあり?w

1.3.次期将軍擁立からの学び

狡猾な朝倉義景

覚慶は将軍に相応しくないという返答を聞いて動揺を隠せない朝倉義景

ユースケ・サンタマリアさんが演じる
朝倉義景、ひょっとして盆暗殿様なのでは
なんて当初は思ったりもしましたが
その件については大変申し訳なかったと
謝罪したいと思いますw

十兵衛もそろそろ気づいてそうだけど
この朝倉義景、かなり狡猾な人物に
描かれていますよね。

多聞山城へ怒りに任せて乗りこんだ十兵衛の
先回りをして松永久秀に文を届ける。
その内容が覚慶が匿われている
甲賀和田惟政の館へいくように
伝えてくれというもの。
しかも命令じゃなくて行く行かないは
十兵衛に任せると。

この手紙をいつ送ったかが非常に気になります。

今みたいにLINEもメールも無い時代だし
乗り物だって馬ぐらいしかない環境。

越前から大和へ文を届けるのだって
結構かかりますよね。

というか間違いなく十兵衛が越前を出るより先に
文を松永久秀に送っていないと
先回りなんかできないでしょう、現実的に。

公方さまが亡くなったことは
十兵衛が知った経緯を考えると
朝倉義景の方が確実に先に知っていたはず。

ということは朝倉義景
将軍の死の報せを聞いて
このことが十兵衛の耳に入れば
十兵衛がすっ飛んでいく事を予測した、
しかも松永久秀の下へいくだろうことまで。

実は頭の回転が速そうなユースケ・義景w
違う、ユースケ・朝倉?w

朝倉義景自身は自国で優雅に暮らすことが
一番と考えている大名のようですけど
将軍が変わるとなれば世の中が
大きく動いてしまう可能性があります。

誰を将軍に据えるか、誰が将軍になるかは
大きな戦にも繋がる可能性もあります。

自分たちが平穏無事にいられるためにも
次期将軍候補がどれほどのものかというのを
朝倉義景自身も知っておきたいんでしょうね。

さらにその将軍候補がそれなりの器量であれば
恩の一つや二つも売っておけば損は無し。
そんなところですかね、朝倉義景の心情は。

十兵衛の行動を先読みしているのも
実は十兵衛の事を
しっかり監視しているからでしょう。
まったく侮れない人です。
この狡猾な朝倉義景が後々どうのようにして
織田信長を苦しめることになるのか
非常に見物。

朝倉義景は従来だと
織田信長に止めを刺す好機を逃し
多くの家臣からも裏切られた
優柔不断な盆暗大名
みたいな評価をされがちだったと思います。
それも「麒麟がくる」では払拭されそうです。
でもちょっと厭らしい人物っていう
また違った意味でのマイナスイメージは
つくかもしれませんw

永禄の変から足利義栄将軍宣下の間に何があった?

次期将軍に足利義栄を天皇に推挙する近衛前久

なんかあっという間に
足利義栄の将軍任官の奏上まで進んだので
いろいろ飛ばされてる感w
というわけで、永禄の変から
足利義栄が第14代将軍になるまで
何があったかを以下に記しまする。
網羅的に書いてるわけじゃなくて
わりと感覚的に入れた方がいいかな
と思った事柄をピックアップしてます。

  • 永禄8年(1565年)5月19日
    永禄の変発生。足利義輝が殺害される。
  • 永禄8年(1565年)7月28日
    幽閉されていた興福寺から覚慶脱出
  • 永禄8年(1565年)11月21日
    覚慶、和田惟政と仁木義政の斡旋で矢島村に進出(矢島御所
  • 永禄8年(1565年)12月
    織田信長細川藤孝に覚慶の上洛の助力を約束する書状を送る。
    またこの年から織田信長花押に「麒麟」を意味する「麟」の字を使い始める。
  • 永禄9年(1566年)2月17日
    覚慶、矢島御所にて還俗し足利義秋と名乗る
  • 永禄9年(1566年)4月21日
    足利義秋、従五位下・左馬頭に叙任
  • 永禄9年(1566年)8月
    織田信長、上洛の兵を起こすも斎藤龍興の襲撃により尾張へ撤退
    足利義秋、この頃若狭の武田義統を頼って若狭入り
  • 永禄9年(1566年)9月
    足利義秋、若狭から越前の朝倉義景の下へ。上洛の助力を要請する。
    織田信長、中濃の諸城を手に入れ、西美濃三人衆も味方につける。
  • 永禄9年(1566年)12月
    近衛前久 松平家康の苗字を徳川に改め、従五位下三河守に叙任することを朝廷に斡旋
  • 永禄10年(1567年)1月5日
    足利義栄 従五位下・左馬頭叙任
  • 永禄10年(1567年)9月
    織田信長稲葉山城の戦いで勝利
    斎藤龍興を美濃から追い出し美濃を掌握する。
    また「井ノ口」を「岐阜」に改称
  • 永禄10年(1567年)11月
    織田信長天下布武」の朱印を使い始める。
    足利義栄、将軍宣下を申請するも朝廷の要求する献金に応じられず拒絶される
  • 永禄11年(1568年)2月8日
    足利義栄朝廷から将軍宣下
  • 永禄11年(1568年)4月15日
    足利義秋から足利義昭に改名
    この時元服式を行っている。
    この後、明智光秀の仲介によって織田信長を頼り尾張

この年表の中で覚慶も足利義栄
従五位下・左馬頭に叙任されているんですが
これは将軍候補が叙任される慣わしだそうです。
先に叙任されてるのは覚慶なんですけど
結果的には後れを取ってしまった感じですね。
ちなみに第24話の近衛前久の奏上は
永禄11年の正月らしいです。

こうしてみるとだいぶいろんな出来事が
飛ばされちゃってる感じなんですけど
もしかしたら次回に少し補足があるのかも?
でも若狭にはいかずじまいかもしれない・・w

1.4.没した登場人物たち

斎藤道三の亡骸に膝をついて深く礼をする明智十兵衛光秀

こちらは麒麟がくる」で亡くなった人たちを
弔うための章
です。
亡くなった日については
Wikipediaの情報と「麒麟がくる」での情報を
照らし合わせてのものですが
人物によって諸説ありますので
あくまでも参考情報ということでお願いします。

  • 天文16年(1547年)
    織田信康(演:清家利一)享年不明
  • 天文16年11月17日(1547年12月28日)
    土岐頼純(演:矢野聖人)享年24歳
  • 天文18年3月6日(1549年4月3日)
    松平広忠(演:浅利陽介)享年24歳
  • 天文20年3月11日(1551年4月16日)
    小見の方(演:片岡京子)享年39歳
  • 天文21年3月3日(1552年4月8日)
    織田信秀(演:高橋克典)享年42歳
  • 天文22年閏1月13日(1553年2月25日)
    平手政秀(演:上杉祥三)享年62歳
  • 天文23(1554年)
    深芳野(演:南果歩)享年不明
  • 天文23年7月12日(1554年8月10日)
    斯波義統(演:有馬自由)享年42歳
  • 弘治元年閏10月10日(1555年11月23日)
    太原雪斎(演:伊吹吾郎)享年60歳
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)
    斎藤孫四郎(演:長谷川純)享年不明
  • 弘治元年11月12日(1555年12月24日)
    斎藤喜平次(演:犬飼直紀)享年不明
  • 弘治元年11月26日(1556年1月7日)
    織田信光(演:木下ほうか)享年41歳*2
  • 弘治2年4月20日(1556年5月28日)
    斎藤道三(演:本木雅弘)享年63歳
  • 弘治2年9月26日(1556年11月8日)
    明智光安(演:西村まさ彦)享年57歳*3
  • 永禄元年11月2日(1558年12月11日)
    織田信勝(演:木村了)享年不明*4
  • 永禄3年5月6日(1560年5月30日)
    源応尼(演:真野響子)享年69歳*5
  • 永禄3年5月18日(1560年6月11日)
    佐久間盛重(演:室山和廣)享年不明*6
  • 永禄3年5月19日(1560年6月12日)
    佐々隼人正(演:内浦純一)享年39歳
  • 永禄3年5月19日(1560年6月12日)
    今川義元(演:片岡愛之助)享年42歳
  • 永禄4年5月11日(1561年6月23日)
    斎藤義龍(演:伊藤英明)享年35歳*7
  • 永禄5年2月4日(1562年3月8日)
    鵜殿長照(演:佐藤誓)享年不明*8
  • 永禄6年3月1日(1563年3月24日)
    細川晴元(演:国広富之)享年50歳*9
  • 永禄7年7月4日(1564年8月10日)
    三好長慶(演:山路和弘)享年43歳
  • 永禄8年5月19日(1565年6月17日)
    足利義輝(演:向井理)享年30歳

1.5.参考資料

今回記事を書くにあたって主に参考とした書籍や
サイトをこちらでまとめて紹介しておきます。
興味持たれた方はご購入または閲覧してみてくださいね。

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)

  • 作者:太田 牛一
  • 発売日: 2013/10/10
  • メディア: 文庫
 
戦国 戦(いくさ)の作法

戦国 戦(いくさ)の作法

  • 発売日: 2018/06/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

ここまでわかった! 明智光秀の謎 (新人物文庫)

  • 発売日: 2014/09/08
  • メディア: 文庫
 
三好一族と織田信長 「天下」をめぐる覇権戦争 (中世武士選書シリーズ第31巻)

三好一族と織田信長 「天下」をめぐる覇権戦争 (中世武士選書シリーズ第31巻)

  • 作者:天野忠幸
  • 発売日: 2016/01/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

永禄の変 - Wikipedia

足利義輝 - Wikipedia

足利義昭 - Wikipedia

足利周暠 - Wikipedia

慶寿院 - Wikipedia

足利義栄 - Wikipedia

一ノ瀬颯 - Wikipedia

和田惟政 - Wikipedia

ういろうの歴史 | ういろう

いにしえの万能薬ういろうを飲んでみた : じゃじゃ嫁日記 Powered by ライブドアブログ

ういろうは小田原で生まれた万能薬!味・効能・値段・歴史などまとめて解説! | 旅行ガイドTravelNote[トラベルノート]

2.あとがき

麒麟で学ぶ」第24回、いかがでしたか?
何かしらの間違いの指摘とか
私とは異なる考察とか
なんでもいいので感想をもらえると
大変励みになります。
もちろん誹謗中傷は丁重にお断りしますw

それにしても「麒麟がくる」では
松永久秀が幕府の忠臣として描かれていて
戦国時代の三大梟雄の面影がありません。
信長の野望の顔グラも悪人顔から
変更される日がくるかもしれませんね。

信長の野望・大志の松永久秀

あとちょっと気になったことが・・・。
伊呂波大夫が駒の薬を作るのに
人手を増やす話をした時に
知り合いに見習いの薬売りがいる
みたいなこと言ってましたよね。
まさかそれって菊丸か?
とか思ったのは私だけでしょうかw
流石に菊丸は家康さんのとこだろうから
違うだろうなぁとは思いつつも
菊丸どうしてるのかな~ってw

さて冒頭でも述べましたが
U-NEXTまたはAmazonプライムビデオであれば
NHKオンデマンドをチャンネル登録すると
当日の放送や再放送も見逃してしまったとしても、いつでも視聴可能です。
※2020年3月からNHKオンデマンドに元々あった最新作の「見逃し放題パック」と過去作の「特選見放題パック」が
統合されて「まるとご見放題パック」となったため最新作から過去作までいつでも見れるようになりました。

そして「麒麟がくる」をもっと楽しむために
こちらの書籍もおススメですので
ご興味のある方は是非とも。

NHK出版 2019年11月30日
by ヨメレバ
麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

麒麟がくる 前編 (1) (NHK大河ドラマ・ガイド)

  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 
麒麟がくる 後編 (2) (NHK大河ドラマ・ガイド)

麒麟がくる 後編 (2) (NHK大河ドラマ・ガイド)

  • 作者:池端 俊策
  • 発売日: 2020/05/21
  • メディア: ムック
 
2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」完全読本 (NIKKO MOOK)

  • 発売日: 2020/01/11
  • メディア: ムック
 

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!


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このINDEXページを基点として頂くと
過去に投稿済みの記事へも
アクセスしやすいです。
こちらから過去記事も読んで頂けると
嬉しいです。

*1:たけだよしむね、とも。

*2:麒麟がくる」では今の所亡くなったことは語られていない。

*3:麒麟がくる」の場合は長良川の戦いから数日後な気がするけどWikipediaベースで載せてます。

*4:信長の野望ベースなら享年23歳。

*5:麒麟がくる」では亡くなっているかどうかの言及はなく、東庵先生も生死どちらとも取れる感じで話している。

*6:信長の野望ベースなら享年42歳。桶狭間の戦いの前哨戦、丸根砦の戦いで討死しているが「麒麟がくる」では語られていない。

*7:実際に亡くなったのは21話と22話の間の期間だが、19話で既にナレ死してます。。。

*8:信長の野望ベースなら享年30歳。桶狭間の戦いの後、今川家からの自立を目指した松平氏との戦いにて戦死。

*9:麒麟がくる」では桶狭間の戦いから4年間がカットされてしまったこともあって、その死を語られることもなかった。