歴史人物語り#44 剣豪将軍は最期の戦いっぷりが有名だけど将軍権威復活のために頑張ったことも褒めてあげてほしい足利義輝

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今回は第13代室町幕府将軍足利義輝(あしかがよしてる)
塚原卜伝(つかはらぼくでん)の弟子の一人と言われていて
剣豪将軍とか言われたりしますね。
麒麟がくる」では向井理さんが演じます。

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では今回のお品書きはこちらです。

また過去に紹介した「麒麟がくる」にちなんだ武将たち
以下の一覧記事にまとめてあります。

tsukumogatari.hatenablog.com

tsukumogatari.hatenablog.com

その他今までに紹介済みの戦国武将たちはこちから確認できます。

tsukumogatari.hatenablog.com

まだ読んでいない武将の記事がありましたら是非チェックしてみてくださいね。

1.足利義輝とは

1536年3月31日生まれ
父は第12代室町幕府将軍足利義晴(あしかがよしはる)で、義輝はその嫡男。
弟の足利義昭織田信長の支援によって
第15代室町幕府将軍に奉じられた人ですね。
将軍と御台所の間に生まれた男子としては、
第9代室町幕府将軍足利義尚(あしかがよしひさ)以来だそうです。

信長の野望・創造でもイベントがありますが、
義輝は1546年12月にわずか11歳で父・義晴から将軍職を譲られます。
これは父・義晴も11歳で元服および将軍宣下をおこなったことと、
自分が生きているうちに地位を譲って後見するという考えの元おこなわれたようです。
ちなみに、この頃は父・義晴と管領細川晴元が権力争い
頻繁に戦をしていましたが、義晴はほぼほぼ戦で負けていて
そのたびに京都から近江坂本へ逃れていました。
そのため、義輝の将軍就任式は
近江坂本の日吉神社(現在の日吉大社でおこなわれ
近江守護の六角定頼を烏帽子親として元服
初名を義藤(よしふじ)と名乗りました。
※便宜上、名前は義輝で統一します。
細川晴元とはその後1548年に和睦して京都に戻り、
この際細川晴元も将軍就任を承諾しています。
剣豪将軍・足利義輝の誕生です。

1.1.剣豪将軍が目指したのは将軍権威の復活

義輝が将軍になって目指したことは、
衰退していた幕府権力と将軍権威を復活させること。
そのために、大名と積極的に絡んでいった義輝は
現代でいうならインフルエンサーになろうとしていたのかもしれない(笑)
では具体的にはどんなことをしたかというと。

ちなみに、諸大名への任官斡旋を積極的におこなったわりには
義輝自身は将軍就任翌年に従四位下参議・左近衛権中将に任じられて以来
昇進をしていない上に、内裏への参内も5回しか記録に残っていないそうです。
諸大名との修好を最優先として自らの官位は後回しにしたのか、
そもそも朝廷に対して自分自身はあまり重要視していなかったのか。
織田信長は義輝の死を朝廷軽視原因だと言っていたっていう話が
信長公記』にあるんですが、信長は義輝を反面教師として
逆に朝廷と積極的に接していったのかもしれませんね。

1.2.三好長慶との抗争

1548年細川晴元と父・足利義晴は和睦したのですが、
その家臣・三好長慶は裏切って細川晴元と対立していた細川氏綱側につきます。
そして1549年6月に起こった江口の戦いでは細川晴元三好長慶に敗れたことによって
細川晴元も義晴・義輝も近江へ逃れざるをえない状況になります。
以後は細川氏綱が第34代管領として実権を握ることになるのですが
実際には三好長慶の傀儡でしかなく、長慶の畿内での勢いは増していき、
「日本の副王」と呼ばれるほどの有力者となります。
前述のとおり、義輝は長慶に対しても補任や偏諱等の懐柔策によって
なんとか自分の臣下として取り込もうとする努力もしてはいましたが、
逆にその懐柔策に反発した幕臣と確執が生まれてしまったりもします。
三好長慶は1564年8月10日に病死してしまいますが、
それまでの間に以下のような戦役で、幕府軍三好長慶軍は戦っています。

  • 1550年 中尾城の戦い(中尾城落城により義輝は堅田へ撤退)
  • 1551年 相国寺の戦い(細川晴元軍と三好長慶軍の戦い、晴元軍敗走)
  • 1553年 東山霊山城の戦い(東山霊山城により義輝は朽木で5年ぐらい引籠り生活)
  • 1558年 北白川の戦い(三好長慶軍の勝利、後に義輝と長慶は和睦)

ちなみに1551年には暗殺で長慶を亡き者にしようと2回ほど刺客を送りますが
2回とも失敗に終わったりもしています。
戦に関しては挑んだ戦い全てに負けています。
そもそも既に勢力絶大であった三好長慶側との動員した兵力差が激しく、
どの戦いも圧倒的に負けざるを得ない状況でした。
1558年に長慶と和睦を結んでからは、5年ぶりに京都へ戻るとができ、
御所で直接的な幕府政治を再び始められるようになります。
以後は長慶と表面的に争うことはなくなります。
1562年政所執事で長慶派であった伊勢貞孝が長慶との仲違いを起こすようになると
義輝は長慶を支持し、伊勢貞孝を更迭
新たに摂津晴門(せっつはるかど)政所執事に任命します。
ちなみに伊勢貞孝は、以前紹介した明智光秀の家臣・伊勢貞興のお爺ちゃんです。

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前述したように、その後1564年長慶が病で亡くなります。
長慶が亡くなる少し前から三好一族の勢力にも衰えが見え始めていたこともあり
長慶の死によって義輝が目指す幕府・将軍権力の復活は光が見えてきた、
そんな風に義輝は思っていたかもしれませんね。

1.3.剣豪将軍の最期

三好長慶が亡くなったとはいえ、
三好一族は三好三人衆三好宗渭三好長逸岩成友通松永久秀
一族の中心となって動いており、彼らにとって
将軍親政を目指す義輝はものすごく邪魔な存在
傀儡化してこっちの思い通りに動いてほしいけど、
将軍権威に拘る義輝は、そう簡単に言うことを聞くような人でもありません。
そこで起きたのが1565年5月19日永禄の変
松永久秀の息子・松永久通三好三人衆は長慶の養嗣子である三好義継と共に
清水寺参詣を名目として集めた1万の兵を率いて
義輝のいる二条御所に押し寄せるのです。

義輝は最初は薙刀を振るって戦い、
迫りくる敵を薙ぎ払いつつ
その後は刀も抜いて抵抗します。
しかし数で圧倒されていたため、奮闘もむなしく
敵の槍刀で傷つき地面に伏せたところを
一斉に襲い掛かれて殺されてしまうのです。
享年30歳
まだまだこれから将軍といて成したいことが沢山あったでしょうね。
※一説には、自害したとも言われています。

この時の義輝の奮闘ぶりは後々たくさん色を付けられて伝わっていて
足利家秘蔵の刀を畳に突き刺して、
刃こぼれする度に突き刺した刀に替えて

襲い来る敵を切り払った
なんてカッコいい記述がされてたりします。
ドラマなんかでもこの場面を再現していたりしますよね。
剣は剣豪・塚原卜伝の弟子で奥義「一之太刀」も伝授されていた
なんていう噂もおそらく過度な脚色の手助けとなったかもしれません。
ただ、そういう説が伝わるということは
足利義輝という人が武芸にも力を入れて優れていたんだろうなと想像できます。
おかげで信長の野望シリーズの足利義輝はめちゃくちゃ強いです(笑)

2.「麒麟がくる」での足利義輝

麒麟がくる」では足利義輝を俳優の向井理さんが演じる
という発表が2019年8月7日にありましたね。

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なんかますます足利義輝の株があがりそうな配役です。
個人的には室町幕府最後の将軍義昭より剣豪将軍義輝の方が好きなので
知名度や人気度があがってくれるのは嬉しい限り。
ドラマの中で明智光秀とどのような関わり方をするのかも気になりますが、
やっぱり永禄の変での戦いっぷりがどのように描かれるかは注目です。
まさか、向井理さんを配役しておいて
ナレ死なんてことはないと思うんですが(笑)
そこそこ尺を取って名場面となるような戦いっぷりが見られることに期待。

ところで風間俊介さんの徳川家康ってどうなんでしょう。
若い頃の家康のイメージはなんとなくぴったりな気もしますが。
終わりが山崎の戦いぐらいだから、狡猾な家康の一面が出てくることは
あまりなさそうなのでいいのかなとも思いつつ、
狸な家康を演じるところもちょっと見てみたいという好奇心もあったり(笑)

3.信長の野望シリーズでの足利義輝

もちろん信長の野望シリーズでは欠かせない武将の一人
そして、シリーズを重ねるごとにどんどん強くなっています
特に最近は必殺技「一の太刀」を持っていたりするので、
最初は一国しか領有していない足利家であっても
CPUプレイで結構勢力を拡大してったりすることもあります。
あと、攻められても撃退している率が高いです。
領国の京は人口も多いので動員兵力も多いんですよね。
なので私が将軍家を攻め立てる時は、大勢力で一気に潰しにかかります(笑)
そして信長の野望・創造 戦国立志伝での評価値はこちらです。

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「一の太刀」持ってますね、そして統率と武勇が優れている上、
武勇80超えのため戦経験積めば積むほど火力が大アップです。
ほっとくと本当に手強くなって面倒くさい相手になります(笑)
「一の太刀」と同じ系統の戦法で「奥義一閃」がありますが
このゲームで「一の太刀」や「奥義一閃」がどれぐらい強いかは
こちらの安田作兵衛プレイを読んでもらうとわかると思います。

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もともと顔グラかっこいい系統の武将なんですけど
麒麟がくる」で向井理さんが演じちゃうと
さらにかっこいいイケメン武将になりそうです、今後(笑)

4.まとめ

今回は剣豪将軍として名高い足利義輝でした。
最期の死に様の逸話がかっこいいから
それだけで好きになった将軍です(笑)
弟の義昭は小細工が好きそうなタイプっていう
悪い印象が植え付けられちゃいがちなのが可哀そうだけど、
最近だとカード系ゲームとかでは義昭もイケメン、
もしくは美少女だったりするんですよね(笑)
時代と共に研究が進んで評価も移り変わってくるものだし、
今だとゲームの影響でだいぶ印象が変わります。
織田信長だって昔はいいイメージなかったみたいですもんね。

というわけで今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!