歴史人物語り#72竹中半兵衛とも親しかった近江一の智謀の持ち主樋口直房と、有能な家老に頼りきっていたら没落するハメになったその主君・堀秀村

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今回は浅井家臣ながら姉川の戦い直前に織田家に寝返った
堀秀村(ほりひでむら)
堀秀村に寝返りを勧めた張本人、
堀家家老の樋口直房(ひぐちなおふさ)です。
あくまでも個人主観ですが、
樋口直房は、関東の白井浄三(しらいじょうさん)と並んで
隠れた名参謀であり、なぜ信長の野望シリーズには出てこないのか
と憤りながら渋々自分で登録している武将です。
麒麟がくる」に出てくるかどうかは微妙なところでしょうか。

www6.nhk.or.jp

では今回のお品書きはこちらです。

また過去に紹介した「麒麟がくる」にちなんだ武将たち
以下の一覧記事にまとめてあります。

tsukumogatari.hatenablog.com

tsukumogatari.hatenablog.com

その他今までに紹介済みの戦国武将たちはこちから確認できます。

tsukumogatari.hatenablog.com

まだ読んでいない武将の記事がありましたら是非チェックしてみてくださいね。

1.堀秀村(ほりひでむら)とは

通称次郎または次郎左衛門尉
1557年生まれ父は堀秀基(ほりひでもと)
近江の坂田郡北庄堀に住む国人領主であり、
鎌刃城(かまのはじょう)を居城としていました。
父・秀基と共に浅井氏に仕えていましたが、
秀基が秀村の幼少の頃に病没してしまいます。
そのため家督を継ぎますが、秀村がまだ幼少だったため
家老の樋口直房が後見役を務めており
堀家中を実質的に取り仕切っていたのは家老の樋口直房だったようです。

1570年6月ぐらいまで、ちょうど姉川の戦いが起こる直前ぐらいまでは
浅井長政に仕えていましたが、
家老の樋口直房が織田家臣・木下秀吉の参謀、竹中半兵衛重治の調略を受けて
織田家に寝返ることを堀秀村に勧めます。
堀秀村にとっては、幼少の頃から全幅の信頼をもって
家中の切り盛りを任せてきた樋口直房の言うがままだったかもですね。
堀秀村率いる堀家は浅井長政から織田信長へと鞍替えして
さっそく小谷城攻めに参加します。
その際には雲雀山(ひばりやま)に登って山麓の町を焼き払ったそうです。
また、続く姉川の戦いにおいても信長旗本の先手として参陣しています。

1571年には浅井氏の浅井井規が鎌刃城へ攻め寄せます
しかし木下秀吉が横山城から援軍に出向いてくれたこともあって撃退。
以後も、秀吉とは協力して小谷城包囲戦に当たっています。
堀秀村は秀吉の与力的立場だったにも関わらず、
坂田郡の半分以上を所領に収めており、
秀吉よりも実質的に支配地は広かったようです。

1573年の越前朝倉攻めで朝倉氏を滅ぼすと、
織田信長木ノ芽峠城(きのめとうげじょう)の守備を堀秀村に任せます。
木ノ芽峠は古くから北陸道の要衝として栄えていた地であり
城は朝倉義景織田家の侵攻に備えて1569年頃に築いたとも言われています。
ただ南北朝時代から城砦があったとも言われているので、
元々城砦として存在していたものに手を加えたのかもしれません。
また木ノ芽峠城は峠の東側から峠を直接監視できる位置にありました
といった感じの重要な拠点の守りを任された堀秀村ですが
越前では一向一揆が発生してしまいます。
この越前一向一揆の発端は富田長繁(とだながしげ)
当時の守護代桂田長俊(かつらだながとし、旧名・前波吉継)に対する
不満から起こした土一揆が発展したもの。

tsukumogatari.hatenablog.com

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織田家に降った旧朝倉家臣も一揆勢に加担するなど
越前を混乱に陥れていました。
ここで家老の樋口直房が守るべき木ノ芽峠城を放棄して
一揆勢と和睦した後、行方をくらましてしまうのです。
この樋口直房の勝手な振る舞いに怒り狂ったのは木下秀吉。
樋口直房は妻と共に秀吉に討ち取られてしまうのです。
そして樋口直房の主君である堀秀村も連座して
織田信長に改易処分を受けます。
当時6万石とも10万石とも言われる所領を持っていたそうですが
全て没収されてしまった上に
織田家も追放されてしまうのです。

織田家から追放された後の行方はよくわかっていませんが
秀吉に知行千石で仕えたという話もあります。
また1588年頃には秀吉の弟・豊臣秀長(とよとみひでなが)の下で
紀伊一揆鎮圧に出動していたらしいので
最終的には人望厚く寛容な人物としてよく知られている秀長が
助け舟を渡してくれたのかもしれません。
そして1599年に堀秀村は亡くなったそうです。享年43歳

2.樋口直房(ひぐちなおふさ)とは

通称三郎左衛門
生年、父、ともに不明。
近江国坂田郡を拠点としていた堀氏の家老を務めており、
特に堀秀村の代には秀村がまだ幼少で家督を継いだこともあって
後見役を務めており、家中を秀村に代わって取り仕切っていました。

樋口氏と言えば、
上杉景勝(うえすぎかげかつ)の懐刀、
樋口兼続(ひぐちかねつぐ、後の直江兼続が有名ですが
この樋口氏とは関係性はないんですかね。
樋口直房の出自について詳しい情報をご存知の方がいらっしゃったら教えて頂きたいです。

さて、後の直江兼続と同族なのかどうかは別としても
樋口直房も直江兼続に負けず劣らず有能な家老でした。
兵法・軍略にも通じているばかりか、優れた民政家でもあり人望も厚かったそうです。
その才覚は近江一の智謀と謳われるほど。
それだけじゃありません、
文化にも通じていて茶道・連歌なども好んで嗜んでいたそうです。
幼き当主・堀秀村からするとこれだけ何でもできちゃう
樋口直房に一切を任せておけば安心だったことでしょう。

そして樋口直房といえば、意外な人物とも接点があります。
その人物は羽柴秀吉の軍師と言われた竹中半兵衛重治です。
竹中半兵衛といえば、美濃斎藤家臣時代に
酒色まみれで政務ほったらかしの当主・斎藤龍興を戒めるために
数人で稲葉山城を強奪し、しばらく美濃を乗っ取った後に
斎藤家を出奔した話は有名です。
美濃を出奔した際に、竹中半兵衛は近江でやっかいになるんですが
この時に住居の世話などをしてくれたのが、樋口直房なのです。
この縁があって竹中半兵衛とは親しくなったそうです。
そういった友好関係もあったからでしょう、
1570年に織田信長が無断で朝倉攻めを決行したことで
浅井氏も朝倉方に味方をする決断をした頃に
竹中半兵衛の誘い(という名の調略)を受けて織田方へ寝返ることを決心
主君・堀秀村を説得して堀家を織田信長方へと転身させるのです。
以降、樋口直房は羽柴秀吉の与力として招かれており
竹中半兵衛同様に重きをなしたと言われています。
秀吉の軍師といえば両兵衛竹中半兵衛黒田官兵衛が有名なわけですが
黒田官兵衛が秀吉に仕える以前から、
樋口直房の方が竹中半兵衛と並び秀吉の片腕的存在の扱いを受けていたのです。
朝倉氏、浅井氏の滅亡後も秀吉に従って各地を転戦しており、
横山城の守将などの要職も任されているんです。
それがどうして後世では語られていないのか。
それは樋口直房自身が起こしてしまった身勝手な行動が原因なのでしょう。

1573年に、主君・堀秀村と共に越前の木ノ芽峠城の守備を任されます。
ここも北陸街道を監視するための重要拠点。
しかし1574年に富田長繁が蜂起した土一揆から発展した
越前一向一揆が始まります。
この越前一向一揆によって越前は大混乱に陥り、
木ノ芽峠城も一向一揆に攻め寄せられます
この時、樋口直房は城を放棄して一揆勢と単独で講和を試み和睦
鎮圧途中の一揆勢と勝手に和睦をしたこと自体もよろしくないですが
さらにまずいことに、樋口直房そのままどこかへ逐電してしまったのです。
これを耳にした秀吉は怒り狂います。
どこぞへ逃げてしまった樋口直房もその妻も一族郎党も
秀吉は徹底的に追跡させます。
その結果、樋口直房は関盛信(せきもりのぶ)に捕縛されて殺害されてしまいます。
樋口直房の首は妻の首と共に長島一向一揆鎮圧中の
織田信長の元へ届けられたそうです。
樋口直房の主君・堀秀村が同じく処分にあったことは前述済み。

この件なければ、竹中半兵衛と共に秀吉の両輪として
謳われたのは黒田官兵衛ではなく、この樋口直房だったのかも
近江市の智謀とまで賞賛されたその才覚の持ち主は
なぜあのような勝手な振る舞いをしてしまったんでしょうね。

3.「麒麟がくる」と信長の野望シリーズでもこのコンビは登場する?

麒麟がくる」に堀秀村と樋口直房が出てくるのかどうか。
姉川の戦い直前ぐらいで堀秀村が織田方についた話が出てくれば
ワンチャンあるかもしれませんけどね。
堀秀村のみナレーションのみでの登場っていう方が確率は高いかもです。
明智光秀も実は樋口直房とすごく親しかった、
みたいな設定にしてくれてもいいんですけどね(笑)

そして信長の野望シリーズにおいては堀秀村のみ登場しています。
登場したのも天道からなので最近といえば最近。
といっても天道が発売されたのはもう10年前なんですが(笑)
樋口直房はセットで出てくればいいのに出てきません。
後見役なんだからセットで出さないとダメでしょうに
武将プレイがベースの戦国立志伝なら出るかと思いきや
その期待も裏切られました(笑)
そして堀秀村の戦国立志伝での評価値がこちら。

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これは樋口直房が登場しない分を上乗せした
能力値に違いないです(笑)
きっと家老の樋口直房が登場すると
この能力値が結構減って凡庸な武将になる気がしてますが
あくまでも個人的感想です(笑)

4.まとめ

今回は姉川の戦い直前に浅井氏から織田氏へと転身した
堀秀村とその名家老・樋口直房でした。
名家老は迷家老になった感がなくもないけど(笑)、
近江一の智謀の持ち主が完全にマイナーどころか
埋もれた武将になってしまっているのは勿体ないです。
樋口直房同様に、
冒頭でも話した白井浄三(しらいじょうさん、諱は胤治)
あまり知られていないのでは。
白井浄三は下総の千葉氏に仕えていた武将で、
同じく千葉氏家臣の原胤貞(はらたねさだ)が守る臼井城を
上杉謙信が攻めてきた際に見事撃退したことで知られています。
白井浄三についてはまた別の機会に記事しますが
樋口直房同様に信長の野望シリーズには出てきていない武将なので
今後のシリーズで登場することを切に願います、コーエーテクモさま(笑)

では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!