麒麟で学ぶ#2 「麒麟がくる」第2話は斎藤利政(道三)の毒、いや独壇場!今のところ麒麟はこないけど蝮がきてます

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麒麟がくる」で学ぶシリーズの麒麟で学ぶ」第2回目
第1話に引き続き第2話も見どころ沢山でしたが
果たして第2話からの学びは何があるのか?

この辺のネタを考えるために
麒麟がくる」を何度も見てたりします(笑)

私も歴史について深い知識があるわけではなく
まだまだ不勉強の身なのでこのシリーズを書くことによって
自分の知識を深めて自分なりの歴史観
持てるようになればと思いながら書いています。

本シリーズについての前提事項のようなものは
毎回0章に記載していますので、
初めて本シリーズの記事を読む方は
さらっと一読していただけると助かります。
既に読んだことのある方は読み飛ばして頂いてかまいません。

また前提の一番最初に記載していますが
本シリーズは「麒麟がくる」のネタバレを含みます
当日の放送や再放送も見逃してしまって、まだ視聴されていない方は
U-NEXTであれば放送から2週間以内ぐらいは220円で視聴可能ですので
こちらで視聴した上で本記事を読まれるといいかもしれません。

ネタバレ含んでいるけど、本記事を読んでから視聴すると
ちょっとした前提知識が入った上での視聴になるので
それはそれでいいのかもしれません。

そして「麒麟で学ぶ」の過去分についてはこちらからどうぞ。

tsukumogatari.hatenablog.com

では今回のお品書きはこちらになります。

ちなみに2019年12月15日から更新中の
麒麟がくる」公式サイトと

www.nhk.or.jp

公式Twitter

twitter.com

ブックマーク、フォローしておくと
より一層「麒麟がくる」を楽しめると思いますので
まだの方は是非とも。

0.本記事を読むにあたっての前提など

ネタバレ含みます

本シリーズはNHK大河ドラマ麒麟がくる」の各話を元ネタとしているため
ネタバレ情報を存分に含んでいますので、その辺は考慮の上お読みください。

記事と「麒麟がくる」の各話の関係

基本的に「麒麟がくる」の1話に対応して1記事書く予定です。
複数話をまとめた内容の記事を書く予定はありません。
つまり「麒麟がくる」第1話に対応するのは「麒麟で学ぶ#1」ですし
第10話であれば「麒麟で学ぶ#10」が対応した記事になります。
もしも何らかの事情で対応した記事を書けない場合は
その話数と同一の記事ナンバーは廃番扱いにします。

名前の表記について

例えば斎藤道三斎藤義龍については伝わりやすさを重視して
本記事内では「麒麟がくる」での名前に合わせることにします。

斎藤道三 → 斎藤利政
斎藤義龍 → 斎藤高政

ドラマの中で呼び名が変われば
それに合わせて変更しますが
あくまでも第1話と対になる記事であれば
第1話の中での呼び名で統一します。

この呼び名のルールについては全話通して同様であり
斎藤道三親子以外のその他の人物についても適用します。

1.「麒麟がくる」第2話からの学び

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まずは第2話の感想的なものからざっくりと。

第1話は松永久秀の回だったのに対して
第2話は最初から最後まで斎藤利政(道三)の回でしたね。
麒麟がくる』を『蝮の道三』が飲み込んでしまった感じ。
何よりも斎藤利政を演じる本木雅弘さんの演技全てが秀逸です。

表情、口調、所作、そして間の取り方
それら全てが斎藤利政の生まれ変わりなんじゃないか
と思わせるような演技です。
当然誰も実際に斎藤利政の姿を見たことあるわけじゃないけど
そう感じさせる雰囲気がありますよね。

シーンごとに色んな顔を見せてくれる斎藤利政ですが
明智光秀との会話ではケチなのか揶揄ってるのかわからないけど(笑)、
ちょっと人間味を感じさせる雰囲気を醸し出しつつ
戦では策謀を巡らせ
味方すら騙して敵を欺き
勝利に導く軍神のようであり
そして美濃国守護・土岐頼純と対峙した際には
狙った獲物を最期まで逃がさず
丸飲みにしてやろうというような
威圧感と迫力を見せてくれて
それは正に蝮の道三そのものといった感じ。

過去の戦国時代もののドラマを全て見てるわけではありませんが
今まで見てきた斎藤利政の中でも一番凄味を感じます。
そしてカッコイイ(笑)

籠城から一転、油断を見せる織田軍に対して
追い討ちをかける際の利政のセリフがいいんです!

『籠城はここまでじゃ!
全軍を集めよ!
門を開けっ!
織田軍を追い討ちにするのじゃ!
音もなく
風のように追うのじゃ!』

特にこの『音もなく』っていう時の
言い方と間が最高でした。
静けさの中にも鋭さがあるような口調で
さらにちょっとだけ間をあけた後に
『風のように―』
と続くのが良すぎて
これは第1話の松永久秀を超えたかもしれない
と思った瞬間でした(笑)

さらに毒茶を盛るシーンでは(笑)、
主君の土岐頼純に”蝮”呼ばわりされて
『蝮?』
と少し怪訝な口調で言って舌なめずりした後に
『誰がぁ?』
という場面は、
口では蝮を否定しつつ
蝮のような雰囲気を醸し出しちゃう演技。

そして退席しようとする頼純を
『頼純ぃ!!!』
と呼び捨てにしつつ
だいぶ間をおいてから
『様ぁっ』
ってつけ足す辺りとかも
語彙力なさ過ぎてうまく説明できないけど
もはや本木雅弘さんでなければ演じられない
斎藤雅弘、いや、蝮の雅弘か(笑)

これ絶対斎藤利政の人気急上昇間違いなしでしょうね。
ゲームの信長の野望最新作は
斎藤利政イベントが厚くなったりしないかな~。
※いつ出るのかわからないけどw

あと、斎藤利政が土岐頼純をお茶で毒殺したことで
本木雅弘さんがCMで出演されている伊右衛門に絡めてSNSも大盛況。
伊右衛門毒茶とか(笑)

そんな感じで第2話は
斎藤利政に完全掌握されてしまった「麒麟がくる」でした。

といったところで本題に入っていきましょう。
ちなみに第2話の公式サイトのトリセツはこちらです。

www.nhk.or.jp

1.1.加納口の戦いからの学び

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加納口の戦いとは

加納口の戦いは別名井ノ口の戦いとも言われますが
史料によっては経緯も起こった年も違ったりします。
下表を見てもわかるとおり記載なしを除けば
天文13年(1544年)天文16年(1547年)
あるいは両方の年で発生、の3種類です。

発生年 記載史料
不明(記載なし) 信長公記
天文13年 定光寺年代記』『東国紀行』『長井秀元書状』
天文16年 信長記』『享禄以来年代記』『岐阜県史』
天文13年と天文16年 美濃国諸旧記』『加納町市』

麒麟がくる」の加納口の戦いは
あれが2回目なのか1回目なのか言及されてないので
わからないところですが、
光秀の叔父・明智光安
『性懲りもなく、また織田信秀じゃ』
ていう台詞があったことを考えると
もしかしたら2回目という設定なのかもですね。

斎藤利政の家老・長井秀元の書状が残ってるので
少なくとも1543年にそういう戦いがあったことは
間違いなさそう。

ところでその書状の主・長井秀元は
麒麟がくる」にもちゃんと登場しています。
春田純一さんが演じられていて
第1話から何気に登場しています。
まだ一度もテロップで名前が紹介されていないので
実際どこにいるのかよくわかってないんですが・・・(笑)
斎藤利政が明智光秀との会話の中で
『長井と稲葉を呼び戻せ!
勝つ策を思いついた、と』
と言ってた長井殿は、おそらくこの長井秀元のこと
最初聞いたときは長井道利のことかと思ったけど
利政の息子の高政派の人ですし
やっぱ登場するならもうちょっと後の話でしょうか。

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では話を加納口の戦いに戻しまして
各史料毎に加納口の戦いについて記載されていることなどを補足した表がこちら。

史料 補足
信長公記 織田方5千人討ち死に。
信長記 信長公記』を元に逸話などを補足。
『甫庵信長記』とも。
『長井秀元書状』 長井秀元は斎藤利政の家老。
書状は松平家臣、水野十郎左衛門尉宛て。
土岐頼純・朝倉・織田の連合軍2万5、6千に対し、斎藤軍は5、6百を討ち取り、敗走した織田軍は木曽川で2、3千溺死とある。
『東国紀行』 大敗した直後の織田信秀那古野城で対面。
信秀は一人で帰還したらしい。
定光寺年代記 愛知県瀬戸市にある定光寺に伝わる年表風記録。
尾張衆2千人討ち死にとある。
美濃国諸旧記』 斎藤氏の美濃国盗りは斎藤利政の一代説。
一次資料と一致しない記載も多い。
1回目は織田・朝倉連合軍に南北から美濃へ侵攻された利政は和睦を結ぶ。
2回目は先手を打った斎藤軍の大桑城攻めにより土岐頼純は討ち死にし、土岐頼芸は越前へ逃亡
『加納町市』 織田信康をはじめとして5千人討ち死にしたのは
16年の方としている。

麒麟がくる」の加納口の戦いでは
織田信秀率いる尾張勢のみだったようですが
長井秀元の書状なんかだと
土岐頼純、越前の朝倉氏の軍勢も
加わっていたことになっています。
この当時の朝倉氏の当主は朝倉孝景です。

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朝倉孝景1493年から1548年に生きた越前朝倉氏の10代目の当主。
「文道を左に、武道を右にした風流太守」と称され
名将・朝倉宗滴に補佐されつつ、越前朝倉氏の隆盛を築いた人です。

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この朝倉孝景が加納口の戦いに参加した経緯をざっくりと説明します。

土岐頼純が叔父の土岐頼芸との美濃守護職の座を巡って争いますが*1
敗れてしまい、朝倉孝景を頼って越前へ向かいます。
縁戚関係にもある土岐頼純を保護した朝倉孝景
彼を正統な美濃守護とせんがために、
尾張織田信秀とも協力して美濃へ攻め込んだのです。

越前の朝倉氏っていうと、
明智光秀が美濃を追われた際には
一時仕えていたっていう話がよく知られていて
明智光秀とも美濃とも縁が深そうな朝倉氏なんですが・・・
麒麟がくる」ではそうでもなさそうな雰囲気です。

いずれにしても年代に説があったり
経緯もいろいろではありますが
加納口の戦いで織田信秀
コテンパンに負けたことだけは確かのようです(笑)
発生年が記載されていない『信長公記』では
加納口の戦いで以下に示すような
織田家重臣たちの討ち死にが記載されています。

  • 織田信康織田信秀の弟。犬山城を築城した人。劇中では兄と立ちションした後に胸を矢で射抜かれて転げ落ち、そのまま討ち死にした模様?)
  • 織田因幡守(清州三奉行の一人、織田達広?)
  • 織田主水正
  • 青山与三右衛門(諱は信昌。信長の養育係である四家老の一人)
  • 千秋季光(熱田神宮の大宮司。劇中にも登場。)
  • 毛利敦元(おそらく劇中では通称の十郎で登場。)
  • 長老寺沢又八の弟
  • 毛利藤九郎
  • 岩越喜三郎

信長公記』を著した太田牛一
この加納口の戦いの当時ってまだ織田家の家臣ではなくて
成願寺(じょうがんじ)の僧だったので
聞いた話をちょこっとまとめたぐらいなのか
あまり詳しく戦いの様子が書かれているわけでもありません。
加納口の戦いが記載されている首巻は
太田牛一の自筆のものも残ってなくて
後で書き加えらえたものでは、とも言われていますしね。

この加納口の戦いで斎藤利政に大敗した織田信秀
美濃、すなわち斎藤利政と事を構えるよりも
手を結んでいく路線に変更していきます。
その和睦をとりなし織田信長帰蝶の婚姻を取り纏めたのが
織田信長の四家老の一人、平手政秀

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その辺の話が第3話以降の中心になりそうであり
いよいようつけ者の織田信長も登場でしょうか。
もしかして帰蝶が光秀に
うつけと噂の信長ってどんな人か見てきて
とか頼む流れなのかなぁ。

織田信長の父・織田信秀は子作り名人?

高橋克典さん演じる織田信秀織田信長のお父さん
1511年から1551年辺りに生きた人です。
”辺り”と言うのは没年に諸説あるためなんですが
信長の野望シリーズだと1551年の説をとってるようです。

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麒麟がくる」ではどうなのかな、
でも前後あっても1549年か1552年なので、まぁその辺りでしょう。

斎藤利政が織田信秀のことを
『信秀は金はあるが、さほどの人望はない』
と評していたのはおまいうって感じで面白かったんですが(笑)
確かに利政の言うとおり、信秀には経済力がありました。
当時の商業都市である津島熱田、周辺の港を支配することで
経済力を豊かにし、それは後に織田信長にも継承されています。
うつけと悪評の高い息子の信長の才を認めていた一人でもあり
織田信長自身も父・信秀を慕っていたんじゃないでしょうか。

しかしその辺の話よりも
織田信秀の一番びっくりする話は
子供がめちゃくちゃ多いことです。

息子12人でも多いけど
娘も10人以上いたって言うんですから
今の少子化の日本に一番必要なスキルを持ってる人では(笑)

その信秀の子ども立ちで大河ドラマなんかでもよく出てくるのは
兄・信長を2度裏切ったことで誅殺される織田信行(信勝)
本能寺の変での汚名も有名な茶人でもある織田長益(有楽斎)
それから浅井長政に嫁ぎ、
その娘たち三姉妹も江戸時代まで影響力を及ぼすお市の方
あとは信長の兄だけど側室の子といわれる織田信広
織田家中でも信長の息子に続き序列の高かった織田信包
この辺ぐらいだと信長の野望シリーズにも出てくる人たち。

それ以外だと『信長公記』の首巻に出てくるも
叔父・織田信次の家来に殺されてしまう織田秀孝
織田信次は誰とはわからず無礼打ちとして家来に弓を射かけさせたら
なんと相手は甥の秀孝だったっていう。
肝をつぶした信次は、そのまましばらく逃げ隠れてしまったとか(笑)

そして忘れてはならないのは織田信治
織田信治1570年に宇佐山城へ浅井・朝倉連合軍に攻め寄せた際、
奮戦するも空しく森可成青地茂綱らと共に討ち死にしてしまった信長の弟。

tsukumogatari.hatenablog.com

その後宇佐山城を死守した守将の一人が各務元正ですが
それはまた別の話。

tsukumogatari.hatenablog.com

その他の織田信秀の子どもたちはこちらを見てください(笑)

ja.wikipedia.org

正直、娘さんのことは私もよく知らない人たちばかりです。

それにしても斎藤利政に散々にやられて
川のほとりで織田信秀が言ってたセリフ
『城に帰って・・・寝るかぁ』
戦に明け暮れていた時代の武将たちの
素直な思いを聞いたような気がして印象に残りました。
織田信秀も軽くおもしろキャラに仕上がってる気がするなぁ(笑)

熱田神宮の大宮司・千秋季光

稲葉山城下へ攻め寄せて
戦が織田軍優勢で進んでいる中
織田信秀が言ってたセリフ、
『我らは熱田社大宮司、千秋殿の神通力も頂いておる!
最早勝ちは疑いなーいっ!』
味方の指揮をより高めるための言霊でもあるんだろうけど
私は元々負けること知ってるから
ちょっと複雑な気分でした(笑)

ところで、なんで神社の大宮司さまが戦場に?って感じですが
この千秋季光(せんしゅうすねみつ)は大宮司ですが
武士としても織田信秀に仕えていた人なんです。

劇中でも触れられたし
前述の『信長公記』にも記載があったとおり
加納口の戦いで戦死してしまいます。
跡を継いだ息子の千秋季忠(せんしゅうすえただ)
織田信長に仕えることになるんですが
桶狭間の戦いでこれまた討ち死にをしてしまうのです。

千秋季光は実は所持していた刀の逸話が有名だったりします。
信長公記』に記載があるんですが
千秋季光はこの加納口の戦いにおいて
元々は平安末期から鎌倉初期の武将、平景清が所持していた
名刀あざ丸を差して討ち死にしたらしい。

その刀を美濃方の陰山一景が手に入れます。
織田信秀に大勝した斎藤利政はその年の11月上旬に
織田播磨守が守る大垣城攻めをおこなうんですが
その城攻めには名刀あざ丸を携えた陰山一景も参陣。

陰山一景は大垣の隣、牛屋山大日寺で陣を構え
床几に腰かけていたんですが
大垣城内から放たれた弓矢が
陰山一景の左の眼に命中します。
すぐさま左目に命中した弓を引き抜くんですが
さらに二の矢が右目に当たって
両目ともに潰されてしまうのです。

その後時がたって、あざ丸は織田信長重臣である
丹羽長秀の元に渡るんですが、
しかし長秀はその後、眼病を患います。
『あざ丸を所持するものは必ず眼病になるので
熱田神宮へ奉納した方が良い』
という忠告を聞いた長秀はあざ丸を熱田神宮へ奉納します。
すると、悩まされていた眼病もすぐに良くなったのだそうです。

千秋季光がどういう死に方をしたのかはわかりませんが
麒麟がくる」でも織田信秀の本陣めがけて
矢の雨がわんさか降ってたから
もしかしたらその矢で目を射抜かれて討ち死にしたのかも?

侍大将って?討ち取った首は?

斎藤利政に旅費の半分を返せ、
侍大将の首2つ取ってこい
なんて言われたばっかっりに
第2話の光秀のセリフの多くに
『侍大将』
って言葉が入ってた気がします(笑)。

戦っている最中もしきりと侍大将を探していましたよね。

そもそも侍大将ってどれぐらいのクラスなんだ?
と、疑問に思った方も多かったはず。
当時、戦国時代の軍の組織図をざっくりと書いてみました。
※「1.3.参考文献」に記載の「戦国 戦の作法」に掲載されている「戦国軍隊の組織図」を元に作成しています。

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総大将の下には総大将に代わって
実際に戦場の指揮を執る軍奉行(いくさぶぎょう)
総大将の護衛や伝令を主な役目とした馬回衆(うままわりしゅう)
さらにさぼってる兵士がいないか監視したり
戦後の兵士たちの手柄を証明する役目の軍目付(いくさめつけ)がいて
その下に位置するのが侍大将です。

侍大将は一つの軍を指揮する指揮官であり
侍大将の下には、
さらに足軽大将・弓大将がいるといった構図になります。

現代の会社組織でいうと
侍大将は部課長クラスにあたると言われたりします。
この辺は会社の規模の大小によってもいろいろありそうだけど
部課長クラスの首2つを取らないといけないとなると
やっぱそれなりに大変な気がしますね(笑)
私が新人当時に部長だった人も今じゃ取締役になってたりしますからね。
仕事の出来る人が多いわけで、
倒すにはそれなりに手ごわい相手でしょう。

ちなみに侍大将っていうと戦国時代ですぐ名前が挙がるのは
『西国無双の侍大将』と謳われた陶晴賢じゃないでしょうか。

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麒麟がくる」第2話当時だと陶晴賢って何してたのかなというと
名前はまだ陶隆房と名乗っていた頃。
ちょうど主家である大内家の主導権を握り始めた頃のようです。
大内義隆を自害に追い込み、傀儡当主となる大内義長を擁立するのは
もうちょっと先の話。

さて、突然借金を主君に背負わされて
その代金は侍大将首2つ、
という難題を掲げられた光秀でしたが、
案外あっさり2つの首級を挙げていました(笑)

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まぁ織田信長の下で羽柴秀吉以上に出世した人ですから
当然の結果なのかもしれませんね!

ところでこの首って後々首実検と言われるものが行われます。
首を討ち取ったとはいえ、その首が誰のものなのかによって
恩賞が変わりますし、確認作業は必要なわけです。
また首実検は、戦死者を弔う意味もあったそうで
おこなわれる場所は近隣の寺院であり、
作法も決められていてそれに則っておこなわれたのだとか。

首自体も斬られたまんまじゃないんです。
ちゃんと血も泥も綺麗に洗われて髪も整えられます。
さらには化粧も施されたそうで、
この首化粧とも言われる作業は
武将の子女など女性が担当したそうですよ。
ある意味、命の尊厳を損なわないための儀式な気もしますが
ちょっとなかなかやれない作業な気がします。

ちなみに首実検を行う時は列席する人たち全員が
完全武装状態です。
敵方の生き残りの兵が首を取り返しにくることもあるし、
恨みのこもった首が襲い掛かってきた時にも備えてなのだとか。
今じゃちょっと眉唾物の話だけど
当時はそういうことも普通に信じられていたのでしょう。

陣太鼓や法螺貝の音が飛び交う戦場

麒麟がくる」に限らず戦国時代の合戦シーンともなると
陣太鼓法螺貝の音が鳴り響くのが当たり前な風景。
特に「麒麟がくる」の陣太鼓の音は
守りから反転、一気に攻勢をかける斎藤軍の士気を高ぶらせながらも
敗走する織田軍に恐怖感を与えるような響きでした。

陣太鼓は当時、戦国時代の戦場では
とても大切なツールの一つでした。
今みたいにSNSが発達しているような時代じゃないので
大勢の兵士たちに命令をきちんと届けるのにも工夫が必要。
その工夫のひとつが、陣太鼓の音だったりするわけです。

音の長短、調子、回数なんかど変えることによって
多種多様な命令を伝えられるようにしていたそうです。
命令以外にも、士気を鼓舞するために使っていました。

また、陣太鼓にも大小種類があって
大きいものだと台車で運ぶ必要があるほどのサイズだったとか。

法螺貝も戦の進退の合図に使われました。
退却時に吹かれるものを「揚げ貝」と呼んだそうです。
ドラマなんかだと戦の開始の合図で
よく耳にする印象がありますよね。

もしも戦国時代にタイムリープして
戦に参加しなきゃいけなくなったら
陣太鼓担当を申し出ようかな・・・(笑)

斎藤利政は家中の誰とも仲良くなさそう

織田信秀のことを人望が無い、
とか評してた斎藤利政ですが
はっきりいって斎藤利政の方が人望ない感じですよね(笑)
なんか誰も味方がいないんじゃないかっていうぐらい
現在の「麒麟がくる」では孤立している気がします。
光秀の叔父の明智光安はそうでもなさそうだけど(笑)
あともちろん、娘の帰蝶もかな。

主人公の明智光秀はハッキリと
『嫌い』
って言いきってるのが面白いです(笑)

斎藤利政はまだ若き青年の光秀を
からかってるような気もするけど
無理難題ふっかけてるようで
それぐらい出来る力があると踏んで
発破をかけているのかもしれません。
もしくは成長を促そうとしているのか。
まぁそうだったとしても
利政の思いは何一つ光秀には伝わっていません(笑)
まだ坊やだからなのかな(笑)

この辺の斎藤利政と家臣たちの関係の悪さが
利政の嫡男・高政を中心とした反利政勢力へと拡大していきます。
人の心を読むことはうまそうなのに
人の心を呑み込むまでは出来なかった利政ってことなのか。

利政の策略によって寡兵で大軍に圧勝したにも関わらず
利政への不満が募るばかりっていう完全に悪循環な状況です。

そもそも稲葉山城下に兵が集まらなかったのも
おそらく利政に対する不満が原因でしょうしね。
叔父の明智光安が、
『どの城も自分の領地を守ることしか考えておらん』
と言ってましたが
この言葉にも、利政の人望のなさが伺えちゃいます。
慕われてたらきっともっと兵は集まったことでしょう。

やっぱりいつの時代も
人が人間社会で生きている以上は
人との繋がりを疎かにしてはいけないよ
てことを利政は教えてくれているのでしょう。
利政を尊敬してたっぽい織田信長は果たしてどうなのか。
そして明智光秀は利政を反面教師としたかもしれないなぁ
なんてことも思ったりしちゃいました。

1.2.蝮に飲まれてしまった土岐頼純からの学び

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美濃国守護・土岐頼純とその妻・帰蝶

土岐頼純を演じた矢野聖人さんも「怪演」と称されるような
抜群のやられキャラを演じてくれました(笑)
『この成り上がりものぉぉ!』
までのくだりは名演技で、
たった1話でしかも10分ぐらしか登場していないのに
爪痕をしっかりと残した感じですよね。

さて土岐頼純の父は土岐頼武(政頼)

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土岐頼武は正統な美濃守護の嫡流であり
当然その息子である頼純も同様です。
母は第9代越前朝倉氏の当主・朝倉貞景の娘
つまり、第10代朝倉氏当主の朝倉孝景とは従兄弟の関係
土岐頼純が朝倉氏の庇護や支援を受けているのは
この縁戚関係のためなんでしょうね。
居城としていたのは大桑城(おおがじょう)
帰蝶
『大桑の城をご出立される時―』
と言っていましたね。

正統な美濃守護嫡流なのに
叔父の土岐頼芸と美濃守護を争ったのは
そもそも土岐頼純の祖父・土岐政房
嫡男の頼武よりも弟の頼芸を可愛がって
守護職を継がせようとしたことが発端です。
これはもうこの時代よく耳にする話ですが
あれ?斎藤利政も嫡男・高政より弟の・・・。
美濃のお国芸なのかな、これは(笑)

劇中では土岐頼純が利政に対して
叔父の頼芸をそそのかしたなんて言ってましたが
元々は頼芸が守護職を欲したからであり
利政はその権力欲を利用しただけだと思うんですが
頼純はそうは思っていないようでした。
おそらく父を守護職から引きずり降ろされた
恨みが強いっていう感じなのでしょう。

麒麟がくる」の中では土岐頼純が
守護職についた経緯は語られていませんが
通説でいくと頼純が守護職に就任したのは前年の1546年です。
この年に頼純と叔父・頼芸の間で和議が結ばれていて
この際の和議の条件に頼芸の隠退と頼純の守護職就任があったそうです。
利政が『我儘』と言っていたのはこの辺のことかなと思います。
またこの時に和議の証の人質として帰蝶が頼純の正室として
迎えられたと言われています。

帰蝶が信長の前に結婚してたなんていう話は
あんまり聞かないですよね。
そういう説があるっていうだけで
本当のところはわからない話ではあるんですが。

要するに土岐頼純は守護職に就任してからわずか1年あまり、
帰蝶との結婚生活も1年あまりで終焉を迎えてしまいました。
享年24歳という若さで突然亡くなります。
噂では斎藤利政の仕業ではないかと・・・。
父と叔父の家督相続争いに巻き込まれたばっかりに
不遇な人生を送ることになってしまったのは可哀そう。

さて問題です。
帰蝶はこの当時いったい何歳なんでしょうか?
実際のところ生年もよくわかってはいないんですが
天文4年、西暦でいうと1535年生まれっていうのが
美濃国諸旧記』に書かれているそうで、
生年について記録があるのってこれだけみたいです。
てことは、1547年の帰蝶12歳ですね~。
なるほどな~(笑)
あ、でも「麒麟がくる」では生年の設定が
もしかしたら違うかもしれませんよね。
ちなみに信長の野望だと1531年生まれの設定に。

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きんきじゃくやく?

四字熟語って全然知りません。
全然は言い過ぎだけど(笑)、
知らないもの8割っていうぐらい知識がありません。
なので、斎藤利政が言っていた
「欣喜雀躍」っていう言葉の意味はさっぱりわからずでした(笑)
もちろん漢字だって書けるわけがありません。
全てはGoogle先生のおかげです。
知らなかった人は私だけではないはずなので(笑)、
意味をここに引用しておきます。

きんき-じゃくやく【欣喜雀躍】
小躍りするほど大喜びをすること。▽「欣」「喜」はともに喜ぶ意。「雀躍」は雀すずめがぴょんぴょんと跳ね行くように喜ぶこと。
引用:欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の意味・使い方 - 四字熟語一覧 - goo辞書

なるほど、なんとなく利政の言ってる口ぶりからすると
良い意味なのかなとは思っていたけど
お偉い守護職さまが来城してくれたことで
城中の者がみんな小躍りするぐらい
大喜びしたってことだったんですね。
要するにあの利政のセリフは
社交辞令の挨拶だったんだってことを理解しました(笑)

しかしこれ覚えても普通使う機会ないですよね・・・。
何かしらのスピーチじゃないと使わなそうだけど
スピーチとかしたくないから永遠に使うことは無さそう(笑)

毒はどのタイミングで盛られたのかをあえて考えてみる

斎藤利政が毒茶、いやお茶を立てるシーン(笑)
お茶の所作とかは全然詳しくないので
その辺について何かを詳しく語れることはないんですが
お茶を一さじ入れて二さじ目を入れたときに
ちょっと勢いがあったためか、
一さじ目よりも量が多かったためか、
ふわっと抹茶の煙が立つんです。
これ見たときに、
あれ?もしかして何かした?
って思っちゃいました。
それはたまたまであって演出じゃないんでしょうけど
そんなことも思わせるような異様な雰囲気が
お茶を立てる一連の動作にはあった気がします。

しかし毒ってどこに盛られていたんでしょうね。
お茶じゃないと思うんですよね~。
お茶や道具に毒が入ってたら
もう使えなくなっちゃって勿体ない気もするし(笑)
それに利政ってケチじゃないですか(笑)
無用な出費とかしないんじゃないですかね、
このために茶道具を買い替えるとか。

個人的には利政はずる賢いから
自分に疑いがかかったとしても
自分が犯人とは断定されないような手を打つ気がします。
実は利政自身は毒を盛ってはいないんじゃないでしょうか。
何を言ってるんだって感じかもしれませんが(笑)

毒は利政の家臣の者が
頼純の元に器をもっていった際に盛られたのでは
と邪推しています(笑)

利政の後ろに控えている二人は
おそらく利政に最も従順な家来です。
土岐頼純が退出しようとした際にも
利政が号令をかければ、
美濃守護であっても土岐頼純を斬ったでしょう。
頼純が席に戻るまで身構えていましたしね。
事が発覚した時には死ぬ覚悟で臨めるぐらいの
忠臣なんです、人望の乏しい利政には珍しく!
きっと器をもっていった家来の手とかに
仕込まれていて器をまわす時に
毒が盛られたに相違ありません!
と迷探偵つくもは推理してみました(笑)
話はもっと単純なのかなと思いつつ(笑)

風流踊りと斎藤利政の歌

近頃風流踊り(ふりゅうおどり)なるものが流行っていて
自分も覚えたから披露するといって突然歌いだす利政。
これ第2話冒頭で利政が戦の策を思案していた時にも歌っていました。

おもしろや
この宿(しゅく)は
縦は十五里
横七里
薬師詣でのその道に
梅と桜を植えまぜて

なんか妙に印象に残ったんですが
これは一体どういう意味なんでしょうか。
風流がわからないと理解できないんでしょうか(笑)
そもそも風流踊りってなんぞやって感じだったので
Google先生に問い合わせをしてみました。

風流踊り
ふりゅうおどり
太鼓・鼓・笛・鉦などの囃子に合せて歌いながら踊る群舞。広義には平安時代の田楽や疫病神送りの祭りに伴う踊りも含まれるが,一般には念仏踊系の風流が流行して以後,室町時代末期から近世初頭にかけて盛行した集団の踊りをいう。そろいの扮装をし,主として数種の小歌を組合せて歌いながら統一された所作で踊るのが特徴で,伊勢踊,小原木踊,飛騨 (ひんだ) 踊などが知られた。慶長9 (1604) 年8月の豊臣秀吉7回忌の豊国神社祭を描いた屏風絵に,当時の風流踊の様子が詳しくうかがわれる。また,室町時代末に少女が踊ったややこ踊という風流踊は,歌舞伎踊成立の母体となったといわれる。今日,全国各地で行われる盆踊をはじめ,太鼓踊,雨乞踊,臼太鼓,浮立 (ふりゅう) ,ざんざか踊,花笠踊,鹿島踊,綾子舞など数多くの風流踊が伝承されており,扮装も芸態も多様である。
引用:風流踊(ふりゅうおどり)とは - コトバンク

歌舞伎踊り成立の母体になったってことは
出雲阿国とかも関係してくる感じなんですかね。
よさいこいソーラン祭りとかよさこい祭り
全国展開されていってるような感じなのかな(笑)
麒麟がくる」のオリジナルキャラの伊呂波大夫も踊るのかな?

1.3.参考文献

今回記事を書くにあたって主に参考とした書籍や
サイトをこちらでまとめて紹介しておきます。
とりわけ『現代語訳 信長公記『戦国 戦の作法』
この時代の事情を知る上で参考になりますし、
予備知識があった方が「麒麟がくる」をより楽しめると思います。
『戦国 戦の作法』は「麒麟がくる」で時代考証を担当されている
小和田哲夫先生が監修されている本で、
戦の作法だけではなく、戦で使われる武器や道具の簡単な説明を
イラスト付きで解説されていますし、今回取り上げた首実検の話も
もうちょっと詳細に説明されています。
戦における当時の常識的な話を知ることができるので
ご興味ある方は是非ご購入してみてください。

現代語訳 信長公記 (新人物文庫)

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戦国 戦(いくさ)の作法

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  • 出版社/メーカー: ジービー
  • 発売日: 2018/06/16
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朝倉孝景 (10代当主) - Wikipedia
織田信秀 - Wikipedia
千秋季忠 - Wikipedia
藤原景清 - Wikipedia
川戦:風雲編⑩天文十三年Ⅱ: Papathana's ブログ
土岐頼純 - Wikipedia
濃姫 - Wikipedia

2.まとめ

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斎藤利政一色の第2話といっても過言ではないとは思いますが
主人公の明智光秀も、
きちんと今後の伏線的なものを残していた気がします。

光秀は、戦に勝利し
侍大将の首も無事2つ挙げたものの
なんだか浮かない様子でした。
それは今回の戦を経験したことによって
『武士の誉れ』とは一体何かについて
自問自答することになったからです。

斎藤利政に借金を返すために
侍大将の首を求めて戦場を駆け巡っていた光秀は
いざ侍大将を見つけた際、
相手の顔が叔父の明智光安とソックリだったために
仕留めることを躊躇してしまいます。
※実際、中の人は一緒だけどw

人を殺すことが武士の誉れなのか
こんなことが誉れなのか
しかし戦がある限り
敵を倒すしかない、勝つしかない
でなければ
今度は自分がやられてしまう

今まで国のため民のために
がむしゃらに戦ってきた光秀が
ふとしたきっかけから
戦うことの本当の意味
みたいなものを考え始めたところなのかもしれません。
これが今後どのように繋がっていくのか
光秀の今後の考え方の基点となったりするのかな。

というわけで第2話もたっぷり楽しめました。
今回の記事で一つでも何かしらの学びを得る
きっかけとなっていたら幸いですし
麒麟がくる」により興味を持っていただけたら嬉しいです。

さて冒頭でも述べましたがU-NEXTであれば
当日の放送や再放送も見逃してしまったとしても、
放送から2週間以内ぐらいは220円で視聴可能ですよ。

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では最後に宣伝をして〆ます。

普段は歴史人物の記事を主戦場としながら
以下のようなカテゴリの記事も書いているので
こちらも併せてご覧頂けますと幸いです。

tsukumogatari.hatenablog.com

tsukumogatari.hatenablog.com

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では今回はこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

*1:劇中でも叔父を斎藤利政がそそのかしてうんぬんって土岐頼純が言ってましたが、あれはこの辺の話のことでしょう。